おまけ劇場
   ■DSNあなざーあなざー■






「サケだ」
 ダンテは部屋に入るなり、そう言った。
「……は?」
 士郎は疑問符を浮かべた。
 夜。時刻にして二十三時過ぎ。士郎の部屋。士郎が寝る準備を進めていたところで、いきなりダンテがノックもなく襖をがばっと開け放って、それでこの状況である。
 ダンテは恐ろしく真摯な顔つきで、そのまま士郎の文机の前まで進む。ずんずん。途中で鞄を踏まれた。ええー……と士郎が訝るのも聞く耳持たずに、ダンテは机の上に持ってきたモノを、でんっと置いた。くるっと振り向き、ダンテは人差し指でビシっとこちらを指差して、告げる。
「サケだっつってんだろうが!」
「意味がわからないぞ!?」
 福本漫画ばりに表情に縦線を入れて、士郎が愕然と叫ぶ。本気で意味がわからない。何しに来たのこの人。
「馬ッ鹿野郎、意味がどうとかの問題じゃねえ。要するにサケなんだよ。ジャパニーズ・サケ。っつうかコレだ。見ろ!」
 無茶苦茶な前振りで、ダンテは今しがた置いた物体を指差す。
 そこにあるのは、
「……酒」
 酒瓶だった。
 ラベルに“胡麻配流”と、どこぞのピエロばりに妖しげな銘が江戸勘亭流のフォントで書かれていたりする。その他にもアルコール分とか注意書きとかが記されてあって、もはやどこからどう見ても酒である。というか、そもそもここまでお膳立てしといて、この瓶が味醂か何かだということもあるまい。ついでに付け加えると吟醸だった。蛇足だが。
 士郎は余計にわけがわからなくなって、とりあえずダンテの行動の真意を問いただしてみることにした。
「あのさ、悪いんだけど……結局のところ、何が言いたいんだ、ダンテ?」
 するとダンテはあからさまに「あーあ、これだからガキはよぉ」的な表情で肩を竦める。
「ったく……あのなァ、狭っ苦しい部屋に野郎が二人で、そこにサケがある。この状況でやることなんざ一つしかねえだろうが」
「……悪かったな、狭くて。まあ言いたいことはなんとなくわかったけどさ」
 軽く嘆息。
 要するに酒を酌み交わそうと言っているのだろう、この御仁は。確かにこの家には女性陣が多いので、野郎が二人で飲もうと思ったら相手が自分しかいないのは道理だ……でも俺、明日は学校なんですけど。
「お、そうか、わかってくれたか。いや、お前なら理解してくれるって思ってたさおれも」
 ダンテは調子のいいことを抜かしてから、ニッと笑った。

「よし、じゃあ今すぐやろう。酔拳ごっこ」
「酔拳ごっこッ!?」

 びっくりして、士郎は後退さった。それに構わず、ダンテは楽しそうに指示を出す。
「ジャッキーはおれがやるから、シロウお前、タイガーな」
「しかも俺の役割すごく地味かつイロモノだし!」
 そこはせめて鉄心だろ、と続けてツッコミしつつ、既にフラフラのタップになりつつあるダンテを手で制止した。
「何でこんな夜中に俺の部屋で酔拳ごっこなんかしなきゃいけないんだよ! やるなら一人でやってくれよ、もう……」
「あれ、だって今お前、わかったって言っただろ」
「わかるかそんなもん! いい年こいて何考えてんだ、あんたは!」
「いやー、さっきテレビで放映しててなあ。昔に一回見てんだよアレ。久々だったからよ、つい熱くなっちまって」
「だからって何もそこまで影響されなくてもいいだろうに」
「そんでさっき虎のネエちゃんとその話してたら、サケ分けてくれるっつーもんだから。こりゃもう実演するしかねえと」
「藤ねえのバカ……」
 頭を抱える。あの虎はいつだってロクなことをしない。我が姉貴分ながら、その存在感に泣きそうになった。
 ダンテは口を尖らせて、
「ンで、結局やんねえのか?」
「やらないっ!」
 士郎は全力で拒否した。
「ちぇ、つまらねえなァ……ま、いいや。じゃあ晩酌だけでも付き合えよ。そのくらいはいいだろ?」
 相手の都合など知ったこっちゃないとばかりに、ダンテはついさっき士郎が敷いた布団の上にどっかとあぐらをかく。
「……まあ、他意がないんだったら、いいけどさ」
「よっしゃ」
 ダンテが背後から取り出したグラスを受け取って――なんで背中に収納してあったかということもそうだが、何よりも人肌に温もっているのが微妙に嫌な感じである――士郎は渋々腰を下ろした。
 とりあえず精神年齢はさて置いても、ダンテが自分よりも年上であることは明白なので、士郎は年功序列の心得からダンテのコップに栓を空けた酒瓶を傾けて酒を注いだ。おっとっとーとか言ってるあたり、ダンテは日本に馴染みすぎだと思う。
 次いで、今度はダンテが士郎のグラスに酒をトクトクと流し込んだ。溢れた。思いっきり布団の上に零れた。ボトボトッ、という重々しい水の音が、士郎の部屋に小さく響く。うわぁ……と士郎が眉をしかめるのを無視して、ダンテはコップを頭上に掲げた。そして叫ぶ。
「チン○ン!」
「ぅおいっ!?」
 いきなりシモ出ました。
 だがダンテはへらっと口元を曲げて、説明。
「いやいや、イタリア語だと乾杯のことをチ○チンって言うんだぜ。知らねえのか?」
「あ、そうなのか……びっくりした……ていうか絶対に確信犯だろ今の」
「いやいやいやいや、はっはっはっはっは」
 ぜんぜん悪びれた様子もなく朗らかに笑うダンテ。士郎は一つ嘆息してから、なんかいろいろと諦めの境地で自分のグラスをダンテのそれにこつんと合わせた。
「……乾杯」
「おう、乾杯(チアーズ)」
 そして一口飲む。
 結論から述べると、“胡麻配流”はすこぶる美味い酒だった。日本酒特有の芳醇な甘みが嫌味なく舌に広がり、なおかつ後味は爽やか。アルコールの臭みもまるでない。ほう、と溜め息をつき、士郎は手の中のコップをまじまじと見つめた。これは非常に手の込んだ代物だ。きっと腕のいい杜氏の作なのだろう。もしかすると味を深めるために悪魔と取引したのかもしれない。そんなわけないけど。
 存分に余韻を噛みしめてから、士郎は二口目。美味し。日本人ならずとも、これは美味と感じるだろう。ダンテだってきっとあまりの旨さに舌を巻いているはず。そう思って彼を見る。
 彼は既に二杯目に突入していた。
「うわ、はやっ!?」
 ごっごっご、と、まるで水のように二杯目のそれも飲み干していた。プハー、と息をついてから、あまつさえ三杯目の酒をコップに――
「ちょっと待て!」
「ん?」
 傾けようとした瓶を捕まれて、ダンテは不思議そうに士郎を見返した。
「何で止めんだ、シロウ?」
「いや、なんていうか……もうちょっと味わったほうがいいんじゃないかなーと」
「あ? 何言ってんだ、サケなんてガンガン飲んでナンボだろ。こういうのは酔うためにあるんだぜ?」
「うわ、心底アメリカンスタイルだなこの人……」
 呆れて、嘆息とともにプチ説教。
「いくらなんでも、そんな暴飲は作り手に失礼だろ。せっかく美味しい酒なんだからさ」
「いや、でもなぁ……ジャッキーは水のようにかっ喰らってたし」
「……あんた酔拳ネタどんだけ引っ張る気だよ」
 別に敵を倒すために飲むわけじゃないんだからさ、と続けて、士郎はダンテのコップに三杯目を注ぐ。
「ほら、今度は舌先で溶かすみたいにゆっくり飲んでみよう」
「はっは。なんかそれ、妙にエロい表現じゃねえ? 舌先で溶かすってお前」
「……そ、そんなつもりじゃ」
「ケッ、このむっつりスケベが。エロエロ贋作者(フェイカー)が。リンの嬢ちゃんも主に舌で味わってんのか、言えコラ」
「黙れエロ魔人!」
 殴った。
 あと、質問の内容に関してはノーコメントを貫かせていただきます。


   ◆


 ふと悪寒を感じて、凛はきょろきょろと風呂場の中を見回した。
「……んん?」
 覗きでもいるのか、と思ったが、窓は締め切っているし、何より同じ場所にいる自分のサーヴァントがそんな不埒な気配を見過ごすはずがないので、凛は頭上に『?』を浮かべながらも肩まで湯船に浸かった。
 既にお湯の温もりを楽しんでいたトリッシュ――何故か頭の上に折り畳んだ手ぬぐいを乗せている――は、そんな彼女を見て首を傾げる。
「凛? どうかしたの?」
「いえ……なんか今、妙な寒気がしたから」
 だがトリッシュはくすりと微笑み、告げる。
「そりゃ、裸でいるからに決まってるじゃない。さ、早く温まらないと。風邪でも引いたら大変よ」
「んー……そういうのとはちょっと違ったんだけど、まあ、そうね」
 気にしないことにして、凛はトリッシュの隣に腰を下ろした。
 洋式のバスタブは二人が納まるには少々手狭だったが、それでもいい湯加減だった。はあ、と溜め息をつき、凛は目を閉じる。
 久しく帰ってきてなかったものだから、家の中には埃が溜まっていた。それらを一掃した頃には、もうすっかり夜中。疲れ知らずのトリッシュに手伝ってもらったとはいえ、さすがに骨の折れる作業だった。だもんで、現在、トリッシュの提案で入浴タイムである。
「ん〜」
 目を閉じて上機嫌な猫のように唸るトリッシュは、日本のお風呂を大層気に入っている様子だった。衛宮の家でも毎日のように湯に浸かっている。彼女が言うには、泡が鬱陶しい洋風のソレと違い気分よく過ごしていられるから好ましいとのこと。日本人としては、その気持ちはよくわかる。だがその頭の手ぬぐいはいささか染まりすぎだ。
「ばばんばばんばんばん……」
「ん? 凛、今なにか口ずさまなかった?」
「いえ、なんでもないわ。ちょっと長さんの死を悼んでいただけ」
「……チョーさん? 誰?」
「偉大な故人」
「……ええと、やっぱり誰だかわからないけれど、お気の毒だったわね?」
 小首を傾げるトリッシュを無視し、凛はお湯に沈めた口元から息を吐く。ぶくぶく。
 ――というか、何ゆえ彼女と一緒に風呂に入っているのだろう。いや、強引に誘われたからなのだが、何故わたしは断らなかったんだろう。凛は湯気で曇った視界の中にトリッシュを収めて、ぼうっと見つめた。
 癖のないブロンドが水面に落ち、幾房は寄る辺なく浮いている。その綺麗な髪の持ち主である彼女は、やたらとリラックスした顔でクラプトンの“レイラ”を鼻歌でしっとりと演奏。心地よさげに閉じられた二重まぶたの上には、自然のままに細い眉。
 まるでパリ・コレに登場するモデルのようだ。凛はそう思った。睫毛は長くて、鼻筋が高く、薄桃に色付いた唇。顔の輪郭はやや鋭角じみている。濡れて額に張り付いた前髪が、なんだか艶かしい。
 そして何よりも目を引くのが、鎖骨の下。




 ――なんかもうね、むしろ揉んでやりたい。




 破滅的なまでに大きいというわけでもない。だが形が素晴らしい。もはや芸術の域かも。ああくそ、揉みてー。凛はいささか危ない思考に陥った。
 ふと、視線を下に落とす。己の鎖骨の下。
「…………」
 無言で、凛はぶくぶくと水泡を吹いた。ええ、どうせわたしのはミニマムですよ畜生。


   ◆


「しかしアレだなぁ……切ねえな、男同士で飲みってのは」
 それから程なくして、酒瓶の中身が残り少なくなったところで、ダンテがぽつりと一言。
 士郎は二杯目の酒をちびちび味わいつつ、返事。
「仕方ないだろ、まさかこんな夜中に遠坂やトリッシュを呼ぶわけにはいかないし」
 同じ家の中にいるのならばまだしも、彼女らは今日は掃除のため凛の家に戻っている。さすがに呼ぶのは気が引けた。
「うっせ。カウボーイならともかく、飲みの席にゃ女が必須なンだよ。察しろよそういう雰囲気的な何かを」
「そう言われても……」
 困る。だがダンテはおかまいなしだった。
「あーあー、じゃあもういっそライダーでも呼ぼうぜ。ンで酔わせてイタズラしようぜ」
「い、イタズラってお前っ」
「はっは! 今ナニ想像したー? イタズラっても、おれはライダーの眼帯を引っくり返そうぜっていうことを言いたかったわけなんだが?」
「ぐっ……」
 それも違う意味でシャレにならないだろうが、石化したいのかっ、と思ったが、言い返すだけ無駄と悟って士郎は一気に酒をあおる。
「ワオ。よっ、男だねぇー」
 わざわざサブちゃんの物真似で合いの手を入れるあたり、ダンテは絶対に日本に馴染みすぎだと思う。それこそ「コニチワー」とか挨拶する日本の野球界の外国人選手よりも。
 ふうっ、と息を付き、士郎は酒のアテにと持ち出してきたほうれん草のおひたしを摘む。が、箸がずれた。どうも酔ってきたみたいだ。
 額を押さえて唸る士郎を他所に、ダンテもまたグラスの中身を飲み干してしみじみと呟いた。
「あー……こう寂しいと、アレだな。もうチ○コ出すしかねえな」
「なんでさっ!?」
 酔いが一発で吹き飛ぶ。
 そしてダンテはがばっと立ち上がり、ズボンに手をかけ始めた。
「おーし、生で拝んでオドロキやがれッ、おれの小宇宙――」
「やめろ!」
 殴ってでも止めようとしたが、それには及ばずダンテ本人が脚をもつれさせてすっ転んだ。後頭部に柱の角が当たって“ゴッ”という鈍い音。うわ、と士郎は顔をしかめたが、さすがは悪魔、抜群の耐久力に物を言わせて平気な顔でにへらっと笑った。
「お……っと、っと。あーあー、なンか世界が意のままって感じだなァ」
「それは全力で錯覚だと言い切れるけど……かなり酔ってるよな、ダンテ」
 と。途端に目をクワッと開いて、ダンテは大声で反論した。
「酔ってねえ、酔ってねえって! アホたれ、おれが酔うわけあるか! ただちょっと目の前がぐるぐる回っていろいろ見えるだけだ」
「明らかに酔ってるし、だいたい見えるって何が――って、どこに手ぇ振ってるんだあんた」
「え、だって、死んだはずの母さんがそこで笑って手招きしてっから……えっ……来いって言ってるのか、母さん……?」
「行くなぁっ! お迎えだそれはー!」


   ◆


 虚ろな眼差しでお湯をぶくぶくやりながら落ち込んでいると、トリッシュが訊ねてきた。
「ところで、凛? ちょっと聞きたいのだけれど」
「?」
 目を向けて、続きを促す。
 と。
「あの坊やとは、もうセックスしたの?」
 途端、ぶべらっ、と豪快にお湯を噴出して、凛は一気に顔を赤く染めた。
 口腔の奥底に侵入してきたお湯を咳で吐き出し始めた凛を見て、トリッシュはきょとんとし、
「そんなに驚くようなこと?」
「けほっ……驚くわよっ!」
 ばしゃばしゃっ、とお湯を波立たせて、凛は叫んだ。
 だがトリッシュは本気のご様子だった。
「どうして? 好き合ってる同士なら、別にいいじゃない。身体を開くってことは、心だけじゃなくて身体でも愛せるってことよ。それは素晴らしいことだと思うけれど」
「だ、だからって、そんな直接的に訊かなくても……」
「あらあら、うふふ。初心なのねえ……それはそれで好ましいわ。じゃあ言い方を変えて……それで? 坊やとヤったの?」
「あんまり変わってないー!」
 ばしゃばしゃ。
「もう、隠さなくったっていいじゃない。ホラ、言ってみなさいな。どこまで行ったの? もう天国は見えた?」
「て、天国? 天国って?」
「そうねえ、真っ白になった後、思いっきり登りつめちゃうって感じ――うーん、言葉にすると難しいものね?」
「いえあの、き、聞かれても……」
 困る。
「で、見えたの?」
「み、見てないっ! 生きてる内にそんなの見たくないっ!」
「あら、割とイイものよ? 大空を高速で飛んでいるみたいで、痛快な気分に浸れるわ……あ、もしかしてまだなの? それはいけないわ、お姉さんが教えてあげ――」
「いや――――っ! だ、大師父っ! セクハラ、セクハラ魔人がいます――――っ!?」
 ばしゃばしゃー! と激しく湯を波立たせて、遠坂家の浴場でくんずほぐれつのもみ合いが始まった。


   ◆


「切れたか」
「切れたな」
 二人して酒瓶の中身を見つめながら、ぼやく。
 まだ三十分も経過していないというのに、一升瓶の中身は空になっていた。それは偏にダンテの豪快な飲み方に因るところが大きいのだが、同じ酒、しかも彼が持ってきた酒なのだから、ご相伴に預かっている士郎に止められるはずもなく。そうして“胡麻配流”は立派な最期を迎えたのだった。
 ちぇ、と子供のように舌を打ち、ダンテは腕を枕にして寝そべった。
「まだまだ飲み足りねえなー。よォ、この家にゃ他にサケはねえのか?」
「そう言われてもなあ……調理用のならあるけど、アレは明日使うし。そもそも桜が持ってきたものだから、飲んじゃ駄目だ」
「調理用? ワインか何かか?」
「ああ。明日は肉料理だからそれに使うってさ」
「そりゃ、飲んじまうわけにゃいかねえなあ……あの嬢ちゃんも、怒らせると後が怖そうだしな」
「うん、逆に飲み込まれかねない」
「……奇遇だなァ。おれも今、おんなじ表現を思いついたところだ」
 ぶるるっ、と二人して身震い。
 ダンテは天井を見ながらしみじみと語る。
「なんつーか……この世界には怖い女が多すぎるぜ。おれにも四人ほどいる。四人もいたら、そりゃもう軍隊だ。アマゾネスの軍勢だ。しがない歩兵でしかねえおれらが勝とうと思ったら、正攻法じゃまず無理だ。五十門ほど大砲がいるぜ」
「ああ、ダンテは四人か……俺は七人思いついたよ。あと、なんとなくもう一人いそうな気がする」
「七人プラスアルファ……もはや核だな、核の域だ」
「なあ、核ってどうやって無力化するんだっけ?」
「無理なんじゃねえか? 戦おうとすること自体が遠まわしな自殺みてえなもんだ。ユージロー・ハンマでもなけりゃ蹂躙されてジ・エンドさ。ま、そん時ゃ胸の前で十字架切っとけ、シロウ。神はいるかどうかわかんねえけど、もしいたら少しくらいはお慈悲くれるだろうよ」
「それって轢殺が絞殺になる程度の慈悲だよな……」
 溜め息。またも二人揃って。
 部屋の中がいい感じに重苦しくなり始めたその時、ダンテが「よっ」と反動をつけて立ち上がった。
「ったく、シケた話だ。そもそもこんな部屋にこもってっから駄目なんだよな。シロウ、外行こうぜ」
「え、行くってどこにさ?」
「バーだよ、バー。まだ日付が変わったばっかりだ。新都あたりなら、どこかしらやってるところもあらァな」
「いやでも……俺、明日は学校が」
「サボれサボれそんなモン。おれなんかスクールの類なんて一度も通ったことねえぞ。でも元気で生きてる。いやホントは死んでるんだが今はこうして元気でいられる。な? ガッコなんてのは、行かなくても死なねえんだ。死なねえんなら大丈夫だ。大丈夫ってことは、まだまだ楽しめるってことだ。な? 俄然やる気湧いてきたろ」
「ごめんぜんぜん意味がわからない」
 あまりの無茶苦茶理論に、すかさずツッコミを入れる。だがまあ、確かにダンテの言う通り、一日ぐらい休んだって別に死にはしない。なら、一日ぐらい彼に付き合うのもいいかもしれない。そんなふうに思えるのは、自分が今ほろ酔い状態だからかも。
 士郎は苦笑し、立ち上がった。
「いやまあ、別に構わないか。行くよ……ってちょっと待て! 行くならその背中にしょってるデッカイ剣は置いてけさすがに!」
 鼻歌を飛ばしながら、何故か大剣をすちゃっと背中に装着していたダンテに、士郎は青ざめながら止めた。
 ダンテは「あ、そうか」という顔をしながら剣を掴んで畳にブッ刺した。んなっ……と絶句する士郎。某王様の選定の剣みたいに突き立つそれは、明らかに間違った収納方法。だがさすがにダンテといえども、普段ならばここまでの乱暴は働かない。どう考えても酔っていた。
 士郎は急に不安感を催す。こんな輩と夜に出歩いて、果たして自分は大丈夫なのか、と。
 そんな彼をきっぱりと無視して、ダンテは「うぃっ、ひっく」としゃっくりしつつ、訊いた。
「銃はいいのか?」
「いいわけあるか!」
 ここは日本です。


   ◆


 紆余曲折を経て、凛は真っ赤な顔で見栄を張っていた。
「ふ、ふんだ、ちゃんとやることはやってるもん! え、ABCとか完璧よ! わたしぐらいになるとEぐらいまではチョロいもんなんだから」
「Eってなぁに? お姉さんわからないわ、あなたの口からちゃんと説明して?」
「そ、それは……ええと……お、主に耳たぶ?」
「耳たぶ? 耳たぶを、どうするの?」
「う、それは……え、ええっと……な、撫で撫で?」
「撫で撫で? え、なに、本気でどういうこと?」
「だ、だからっ! 撫で撫では撫で撫でよ! 撫でるのよ、撫で回すのよ!」
「その時、坊やはナニで? ナニで凛の耳たぶを撫で回すの?」
「ナ、ナニってその……し、舌……とか」
「舌? 坊やは舌で、凛の耳たぶを撫で回すのね? あら、そうするとおかしいわね。普通そういうの、舐めるって言わない?」
「な、舐めっ……!? う……ううー!」
 とうとう羞恥心の限界に達したのか、凛は唸りながらばしゃばしゃばしゃー! とお湯をかき混ぜ始めた。
 トリッシュはニヤニヤしながらそれを生温かく見守っている。


   ◆


「貧しさ〜にィ〜、負けたァ〜、っとくらあ」
 上機嫌で夜道を闊歩するダンテと数歩ほど距離を置きつつ、士郎はこめかみをおさえながら歩く。
「何でそんな歌……」
 選曲という点でもそうだが、何故ダンテがそんな演歌を知っているのだろう。しかも近所迷惑な音量なものだから、士郎としては胃が痛いことこの上なし。
 通学路でおなじみの交差点を過ぎた頃には、ダンテのそれは二番へと突入していた。士郎はもはやつっこむ気力もなく、白髪の男に続いて横断歩道を渡る。そして歩く。ひたすら歩く。
 大橋を越え(三度ほど川に転落しそうになったダンテを間一髪のところで救助した)、新都に入り(残業帰りっぽいOLさんに英語で話しかけ、道を尋ねるフリから入った後に口説くという狡猾極まる手段を取ったダンテを手刀の一撃で黙らせた)、まだ営業している店を探し(途中で見かけたラブホテルの存在意義をしつこく訊いてくるので三回ほど蹴った)、そして今は新都の大通りの一角を歩いている最中だった。
 いや、実のところまだ看板の点いてる店を何軒か発見していたのだが、既にのれんを仕舞っていたりスナックだったりキャバクラだったりダンテが「もっと隠れ家的な場所がいい!」とか「名前がダメだな。“雄二”ってお前。どう考えてもテンチョの名前だ。安直すぎる。次!」とか文句をつけたりで結局入れなかった。店の名前ぐらいどうでもいいと思うのだが。
 その道中で、士郎はげんなりとした心地で悟っていた。酔っ払いの牽引がこれほどまでに難儀だったとは。なにせ理性が和らいでいる分、余計にたちが悪い。放っておくとどんな悪さをしでかすかわからないのだから気が休まる暇がない。そして件のダンテは今、士郎の背後でさ○まさしを熱唱している。無駄に上手なのが微妙に嫌だった。
 これは失敗だったかな――と士郎が嘆息したその時、
「……うん?」
 二十メートルほど前方になんか見えた。
 有体に言えば、金色だった。ただし首から上。その下は黒い。夜だから見え辛かったが、それでも人型であるということだけはわかった。ついさっきそいつが降りたと思しきタクシーが向こう側へと遠ざかっていくのが見えた。
 外人さんかな、と思いながら歩く。そして距離が十メートルほど縮まった時、士郎はそいつが誰であるかを理解した。
「……うわ」
 冷や汗を浮かべる。なんだってアイツがこんなところに。
 士郎は振り向いて、
「な、なぁダンテ。アレって――」
「忘れて〜、いいけどォ〜」
「いつまでも歌ってないで聞けよテメェ!」
 赤らんだ顔で『関白失脚』を歌っていた銀髪のどたまを平手ではたき倒す。
「痛ッ……ほ、星が、星が見えるスt――」
「見るな! それは見ちゃいけないモノだ! 全力で帰って来い!」
 襟を掴んでがっくんがっくん揺さぶる。数秒もすると、やがてダンテの目が生気を帯び始めてきた。
「……あ、あれ? あのブルマと虎は? 今確かにここに」
「いないから! そんなセクシャル&バイオレンスな存在いないから! ていうかもーとりあえずアレ見ろアレ!」
 半ば誤魔化すように、士郎はダンテのあごを掴んで強引にそちらへ向かせた。
 と。
「……ありゃ? ギルじゃねえか。しかも三人いらぁ」
「いや、一人しかいないけど……」
「ニンジャか?」
「違うっての、この酔いどれ悪魔」
 そんなどうでもいいやりとりを行っているうちに、相手方がこちらに気付いた。
 前回の聖杯戦争から居残っているアーチャーのサーヴァント・ギルガメッシュは、士郎とダンテの顔を見るなり顔をしかめていた。
「むっ」
 その反応にいささか憮然ときた士郎は、むしろ泰然とそいつに歩み寄っていく。ぶっちゃけここまで来る過程でムシャクシャしていた。怖いものなしな気分。今なら勝てそうな気さえする。むろん錯覚だとは思うが。
 すぐ側まで近寄り、士郎は半眼で尋ねる。
「何やってんだ、あんた」
「……挨拶代わりにしては、存外に無礼かつ直球な訊き方だな、雑種」
 ギルガメッシュは眉をひそめて心外だという表情を作った。
 ちなみにダンテは、
「……すげえっ。まさかナマで四身の拳を拝める日が来るとは思わなかったぜ。ギルてめえ、教えろ。それのやり方教えろ、詳しく!」
 な――ま、まさかっ、技を借りたのか! 天○飯から借りたのか! と鼻息も荒く続けてたり。ギルガメッシュは眉をひそめて呟く。
「……何を喋っているのだ、あの阿呆は」
「あのアル中のことは気にしないでくれ……そんなことより、なんでお前がこんなところに?」
「む、貴様如きに“お前”呼ばわりされるいわれはないぞ雑種。我を呼ぶ時は……そうさな、では“地球皇帝”と呼べ。そして平身低頭で我の発言を待つがいい。あと我の近くを通る時は下を向いて歩け」
「後半ヤンキーになってるけど……」
 士郎はげんなりして肩を落とす。夜中だというのに、やっこさんの高慢ちきぶりは相も変わらず絶好調だった。しかしまあ、ギルガメッシュはきっといつだって本気の人だと思うので、士郎は気にしないことにした。というか気にしたら負けな気がした。再三尋ねる。
「だから、ここで何やってるんだよ。コトと次第によっては全力で阻止するからな」
「……む。また人聞きの悪いことを言うのだな貴様は。というか、我が夜中に出歩いていたら駄目なのか」
「駄目っていうより、アンタが夜に動いてろくなことになったためしがないからさ……」
 この人、原作ではだいたい夜に行動を起こしてたし。しかも人様の心臓抉ったり女の子の英霊を無理矢理我が物にしようとしたり。そこらへんにいるようなストーカー痴漢レイパーも真っ青な行動ルーチンだ――いや、原作とか知らないけどさ。ええ、俺のサーヴァントは誰が何と言おうとダンテです。ていうかアーサー王が女の子ってそんな……冗談も大概にしてくださいよ。
 よくわからない記憶を笑い飛ばしている士郎を尻目に、ギルガメッシュはなんだか調子に乗ったようだった。
「ふん、ロクなことにならないだと? 当然だろう、なにせ我ってば王の中の王。最古の英雄王たる超存在なのだ。そんな我が動いて真っ当な日常イベントなど起こるはずもない……ふっ、さすがだな我。自分で自分が憎いわ。けどそんな自分が最高に格好良いし大好きだ、ふはっはっはっは!」
「うわ殴りてぇ」
 なんだか炎尾燃っぽく腕組みで高笑いを始めたギルガメッシュに、士郎は純粋な殺意を覚えた。
「排球拳……いや、どっちかっつうと太陽拳だな見てえのは。くそっ、どっちをリクエストするか迷うぜ……!」
 あとダンテがうるさい。ていうか実はドラ○ンボール大好きなのか、あんた。
 ひとしきり笑い終えたギルガメッシュは、腕組みのまま喋り出した。
「で、どうして我がこのような時間帯に外に出ているのかと問うたな、雑種?」
「あ、うん……いやもう、あんまり興味なくなってきたから言わなくてもい――」
「ならば教えてやろう!」
 聞いちゃいねえ。
「実は、すぐそこに我がオーナーを務めているバーがあるのだ。そこで就寝前の一杯をと思ってな」
「オーナー……」
 くそう、黄金律持ちめ。士郎は軽く殺意を覚えた。
 だがまあ大人の心意気的なものでトレースオン――何故そんな勘違いをするのか理解できないのだが、たまに他のサイトさんを巡回してると“トーレスオン”とか書いてるSSがあったりして本気で驚くことがある。あと“イリア”とか。多いよねこの間違い。以上、蛇足終わり――を我慢し、言う。
「それくらい家でやればいいのに。それとも備蓄がなかったのか?」
「……セラーから酒類が全て消え失せてしまっていたのだ。おそらくはあの糞犬の仕業だと推測した次第だが」
「あー……ランサーかあ……昔の人って例外なく酒好きだもんな」
「だからとて、今頃どこかで我のロマネの64年モノや熟成三年の森伊蔵を水のようにかっ食らっているかと思うとさすがに腹立たしいわ。次に奴の顔を見た瞬間、問答無用で剣の雨を降らせてやると我はここに固く誓うぞ」
「まあ気持ちはわかるけど……」
「ん? そうか、貴様如き雑種でも理解が及んだか。正直、貴様相手にこんなことを喋って会話が成立するかどうか怪しいと踏んでいたのだが」
「……お前さ、俺のこと猿か何かだと勘違いしてないか」
 俺、そろそろキレてもいいかな、親父……?


   ◆


「のぼせた……」
 身体にバスタオルいっちょ巻いた状態で、凛はぐったりとソファにしなだれかかった。
 ただでさえ長湯になってしまったというのに、トリッシュの茶々のおかげでいらん羞恥心まで発揮するはめになってしまった。違う意味で身も心も温まりまくりだ。そのポカポカ具合たるや、太陽の戦士も真っ青といったところである。
「……あうう」
 くわんくわん揺れる視界に辟易して、凛は唸り声を上げる。
 一緒に風呂なんて入るんじゃなかった。今回のことでよくわかった。トリッシュは大人の女だ。まだまだ小娘なわたしでは対処できない。恋バナ程度ならともかく、腰のグラインドの話とかされたらわたしにはついていけません、はい。
 続けて髪を拭きながら居間に入ってきたトリッシュは、苦笑して言った。
「だらしないわね、凛。そんな格好で部屋の中にいたら、せっかく温まったのに風邪を引いちゃうわ」
「だ、誰のせいだと……」
 手で顔を仰ぎ、凛は力なく抗弁。
 だがトリッシュはお構いなしだった。
「ニッポンのお風呂って古来から身を清めるためにあるものだと聞いたわ。清めたそばからそんなことでどうするの、凛? 江戸っ子に笑われるわよ」
「江戸っ子って……」
 またどうでもいい知識ばかり仕入れよってからに、この悪魔は。
「だいたい、少し下の話をしたくらいでうろたえているようじゃあ、女としてはまだまだよ。鍛えなさいな、凛。肉体も精神も。ちゃんとついてこれるようになったら、お姉さんが花丸あげる」
「う、うっさいわねー」
 貴女に言われたら反論の余地がないです。凛はのっそりと身を起こし、カーペットの上にぺたんと脚を投げ出した。
 はー、と溜め息。熱っぽい頭に夜気が染みて心地いい。けどこのままではトリッシュの仰るとおりに風邪を催してしまいかねない。風呂に入った後に湯冷めして病気だなんて馬鹿馬鹿しい。さっさと服を着て紅茶でも頂こうかしらん。
 気合を入れて、立ち上がる。けど瞬時にふらふらーっと平衡が揺らいだ。
「わ、わっ!」
 足がもつれる。が、
「あらあら、危ないわよ、凛」
 あわや転倒、というところで、トリッシュにはっしと抱きとめられて事なきを得た。
 はふう、と嘆息をついて、凛は礼を述べた。
「あ、ありがと、トリッ――」
 そこで絶句。
「……凛? どうしたの?」
「……あの、トリッシュさん」
「ん?」
「……ええと、大変言いにくいのですが」
「なぁに、改まって?」
 眼前、そこに広がるきめ細やかな肌を赤面しながら眺めつつ、凛は告げた。
「その……人に注意しといて、本人が全裸っていうのは、いかがなものかと……」


   ◆


「フン、情けない。たかが女一人に何をそこまで卑屈になる必要があるのか。雑種、貴様は 駄目だな、駄目駄目だ」
「いやいや、でもな? シロウだって頑張ってンだよ。なんせ相手はあのリン嬢ちゃんだ、そりゃ多少の力不足は否めねえやな」
「だいたい女の一人にそこまで執心する理由がわからんな。嫌なら違うのを見繕えばいいだけのことではないか」
「そりゃ王様の発想だぜ。ま、そう上手く行けば世の中は楽なんだけどなァ。浮気が見つかってどやされることもなくなるだろうしな」
 場所は変わって、ここはギルガメッシュがオーナーとやらを努めるバー。
 その中で、士郎は肩身の狭い思いでカンパリ・スプモーニをちびちびと飲んでいた。
 ……あの後、自分たちも飲み処に行く途中なのだということを告げるや否や、ギルガメッシュは「それならば我と共に来るがいい。何、金の心配はするな。だって我、頭に超が付いても足りぬほどの大金持ちだからな。ふははっはっは!」と宣言し、服の襟首を引っ掴んで同行を強制。もしかすると彼も一人で飲むのはアレだったのかもしれない。十数メートルほど引っ張られてに到着したのは、高層ビル。
 エレベーターで昇った先の最上階に、件のバーはあった。
 そしてそこは、端的に言うと芸能人政治家セレブ御用達だった。
 何をどう考えてもそうとしか思えないような店構えだった。
 微塵の躊躇もなくドアを潜るギルガメッシュに続いて恐る恐る足を踏み入れた先、そこはもはや別世界だった。
 まずシャンデリアとかありえない。ステンドグラスもありえない。飾ってある絵画がゴーギャンなのも見逃せない。他にも、迂闊に割ろうものならこの先の人生全てを消費して借金返済に追われそうな繊細なデザインの花瓶とか灰皿とか。どこに目を向けてもおいおいこれ高級とかそういうレベルじゃねえだろ的なインテリアに囲まれていて正直に申し上げますと帰りてえ。
 これでオーナーとか嘘だったら絶対に後ろから刺して一目散に逃げようと普段着の士郎は気恥ずかしさの中で間違った誓いを立てたが、どうやらギルガメッシュの肩書きは伊達じゃなかったらしい。入店と同時に壮年のバーテンダーやら若いウェイターやら社員が総出で迎え、明らかにVIPルームと思しきマジックミラーの個室へと通された。金髪・銀髪・赤毛という黙ってても目立つ集団だったものだから、カウンターにちらほらといた正装のお客さんからの視線がとても痛かった。既に酔っ払っていて状況判断ができないダンテが心底羨ましかった。
 そして今。王室か、と叫びたくなるような煌びやかな部屋の中で、士郎はL字型のソファの真ん中に座していて、左右をサーヴァントに囲まれている。あまつさえ好き勝手言われていたりする。
「フン……近頃は男女平等だの何だのと世間はほざいているが、所詮、女はどこまで行こうと女。男という種に勝てぬのは自明の理」
「それ男尊女卑ってヤツか? ギルよォ、今はもうそういうのは流行ってねえんだぜ? っつか、てめえいつの時代の人間だよ」
「紀元前2600年だが何か? 女など、昔も今も変わらん。男は戦う義務がある。それを内から支えるのが女だ。そうあるべきなのだ」
「あー、まぁ一理あるなァ。でもトリッシュあたりが聞いたら眉を逆立てて怒り出しそうだ。女をナメんな、ってな具合に」
「かの騎士王がそれを吐くのならばまだ可愛げもあったのだがな……」
「またワケのわかんねえこと言ってやがるし」
 事ここに来てようやく酔いが醒めてきたのか、いつもの調子で朗らかに談笑しながらジントニックを楽しんでいるダンテ――ダンテは何一つ意に介さなかったが、士郎は今飲んでるような安っぽいものを頼むにあたって随分と気後れした。が、もはやどうにでもなれの心地でスプモーニを注文したのだった。安心すべきことに、ウェイターは恭しく畏まってくれたとさ――と、面白くなさそうにマティーニを啜る金ぴか。カクテルの王様を選ぶあたり、ギルガメッシュの“王”への拘りはもはや清々しい。 
「ま、これからいくらでも学ぶ機会はあるさ。頑張れよ少年……ヘイ、ウェイター、ノックアウトを持ってきてくれ」
 投げやりに話のオチを付けて、ダンテは部屋の中で銀の盆を持ちながら置物のように静かに目を伏せて控えていた若いウェイターに注文。ギルガメッシュ曰く、彼らは同じ部屋にいてもこちらの会話は注文以外は一切聞いていないのだ、それが例え国家の存亡に関係する内容だったとしても――とのこと。彼もさらっと凄いスキルの持ち主だった。まぁそのぐらいでないとこのような店では働けないのかもしれない。いやもうホントよくわからないけど。
 ギルガメッシュもダンテに続いた。
「我はもう一度マティーニを。今度はタンカレーで」
「シロウは?」
「ええと……どうしようかな」
「待て、我が決めてやろう。ウェイター、ココナッツミルクはあるか? ある? ならばピニャ・コラーダを。飾りにチェリーを添えてやれ」
「……それ、どういう意味だ」
 ミルクにチェリーってお前。
「なに、深い意味はないぞ雑種」
「そうそう、気にしたら負けだぜシロウ。どうせここはギルの奢りだ」
「ふ、その点については大いに感謝するがいい。まあ今回だけだがな。次は土下座で懇願されたとしても連れて来てなどやらんぞ」
 うん、こっちから願い下げだこんなメンツ&こんなところで飲むのは。一礼して退室していくウェイターを見送りながら、士郎はあまり冷静でない胸中でそうぼやいた。
 しかしまあ、あまり裕福とはいえない経済状況の士郎にしてみれば、今回の誘いはまさに有り難い話、渡りに船ではあった。しかも場所は背伸びしたって入れないような高級店だ。額面通りに感謝することにして、ギルの見てないところで「……どうも」と呟いてみる。さすがに真正面から告げるのはちょっとアレだった。
 ともかく、このまま放っておいたら不穏当な流れに持っていかれかねないので、士郎は強引に話題を変えた。
「ところで、ギルガメッシュ? 普段はランサーとか言峰とかとこういうところに来るのか?」
「ふざけるな。あんな罰当たりな連中、どこの店だろうと入れるものか。ランサーの阿呆犬は人の金だと鬼のように酒を消費するからな。別にその程度の出費なら痛くも痒くもないのだが、いかんせん見ていて腹が立つ。そして言峰は……言わずともわかるだろう」
「……まさか」
「……酒と中華の革新的融合、なのだそうだ、奴に言わせるところによると」
「うえぇ……」
 士郎は思いっきり顔を歪めた。何考えてるんだ、あのマーボー野郎。凡そ想像するだけで身の毛もよだつちゃんぽんだった。
「ハッハ……ま、味覚は人それぞれってやつだ」
 ダンテが笑いながら士郎の肩をバンバン叩いたと同時に、ウェイターが飲み物を持って入室。各人の前のテーブルに折り目正しく置いて再び壁際に待機。こういう店ではこういうのがデフォなのだとしても、士郎的には彼、存在感がものすごい。いやもうマジわからない世界です。ぶっちゃけ怖いです。
 いや、そうでもないのか。考え直す。よくよく思い返してみれば、ダンテやギルの方が個体としては遥かに怖い存在なのだった。一人で軍隊を蹴散らせる性能を秘めた二人に囲まれていることに比べたら、これしきのことでうろたえる必要などないのかも。詭弁じみてはいるが。
「なぁギル、今度バイク買ってくれよ。後ろ乗っけてやるから。アレだったらツーリングでもすっか?」
「ツーリング? 何だそれは。古代の決闘法か何かか? どちらにしろ断わるが」
 ……しかし肝心のその二人がこんな体たらくでは、怖がるも何もあったものではない。
(ま、いいか)
 せっかくの酒の席だ、楽しまなければ損だ。
 なんだかすれた意見だったが、それはそれで楽しむことにして、士郎は人知れず小さな嘆息を零したのだった。


「最初に一度やっちまったけど、もう一回やったらいけねえってこともねえだろ」
 ダンテはそう言って、グラスを持った。そのまま宙で固定する。
「フン……質素な酒で交わすのだ、景気が悪いことこの上ない。まあ、たまにはそれも悪くはないのかもしれんが」
 ギルガメッシュも続く。
 士郎は少し考えて、
「……そうだな。じゃ、やろうか」
 続いた。
 三人、それぞれの酒を額の高さに掲げて、
「乾杯」
「フン……そら、乾杯だ」
「ハハ、乾杯(チアーズ)」
 チン、とグラスを打ち鳴らした。


   ◆


 翌日。
 衛宮士郎と遠坂凛の二人は、それぞれ二日酔い&寝不足、なんだかよくわからないけど下がらない微熱を理由に遅刻したのだった。















<キャスト>

衛宮士郎/エロエロ贋作者

ダンテ/東洋被れのなんちゃってアメリカン

遠坂凛/はぐれツンデレ純情派

トリッシュ/セクハラマドンナ

金ぴか/冬木のゴッドファーザー







―END―

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