ACT9「死と共に捧げる歌」



「アンタは、あの時の……っ!?」
「ああーっ! あの時のイヤな奴!」
 それまでの張り詰めた空気を吹き飛ばすような声が響き渡った。凛とイリヤが揃って、信じられないと言った表情でダンテを指差す。
 視線の先でダンテは顎に手を当てて、思いついたかのように笑みを浮かべた。
「困るぜ? 俺があんまりいい男だからって、そんなに見つめたら」
 いつか凛に言った台詞を皮肉げに吐く。イリヤと凛がまたも揃って、ダンテを親の仇の如く睨み付けた。彼を知らない士郎が、状況について行けずに眼を見開いている。
「知り合い?」
 ダンテの傍に控えたキャスターが、少し意外そうな表情で尋ねた。
「ああ、この街のセカンドオーナーのトオサカ・リンと、バーサーカーのマスターでイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだ。美女の事なら覚えてるぜ……期待するのは5年後だがな」
「バーサーカーのお嬢ちゃんの方は10年後ね」
「うっさいっ!」
「レディに失礼よっ!」
 ダンテとキャスターのやり取りに、二人がまた揃って声を荒げる。その凄まじい剣幕に、ダンテは軽く肩を竦めた。
 顎に当てた手を、何時の間にか凛を庇うようにして立ったアーチャーに向ける。
「そいつがリンのサーヴァントか?」
「ええ、そうよ。最強かどうかはちょっと自信ないけど」
「凛……」
 ダンテを見据えて真剣な表情で語る凛に、アーチャーがどこか傷ついた表情で呟く。抗議の視線はキレイに無視された。
 ダンテがアーチャーを値踏みするかのように視線を走らせ、小さく頷く。
「顔はイマイチだが服の趣味は悪くないな」
 ニヤリと不敵に笑って、言葉の真意を強調するようにダンテは自らの真紅のコートを翻らせた。赤い外套に身を包んだアーチャーが不機嫌そうに顔を顰める。
「ちょっと! わたしを無視するなーっ!!」
 イリヤが両手を振り回す子供っぽい仕草で談笑するダンテ達を怒鳴りつける。そのイリヤの様子に、士郎は奇妙な安堵感を覚えた。ようやく彼女の少女らしい姿を見たような気がして。
 つい先ほどまで漂っていた絶望的な空気は、奇妙なやり取りによって完全に消え去っていた。
「久しぶりだな、ビッグダディ。娘と夜の散歩か?」
 焼け爛れ、潰れた右目と残された左目で睨みつけるバーサーカーに対し、ダンテが大げさな反応で笑いかける。狂気を含んだバーサーカーの殺気は、常人ならば失禁してしまう程凄まじいが、ダンテは全く意に介していないようだった。
「ヘイ、その顔どうした? まるでケツをレイプされたって面だぜ」
 わざとらしく笑いを堪え、『今気づいた』と言わんばかりの表情で指さす。
 バーサーカーの殺気が膨れ上がった。理性を失くした彼には挑発の言葉など届かないハズだが、彼に残された戦士としての誇りが、戦いで受けた傷を侮辱される事を嫌ったのだ。
 そして、イリヤもまた最悪に機嫌が悪い。以前、最強であるはずの自分達を手玉に取り、屈辱を与えた男が再び目の前に現れたのだから。
 今夜は逃がさない。
『■■■■■ーーーッ!!!』
 主の意思に応え、己の本能を解放してバーサーカーが唸る。
 傷ついた右手から左手に斧剣を持ち変えると、たぎる戦意を見せ付けるように振り回す。左腕一本で操っているとは思えないような轟音をたてて、刃が空気を引き裂いた。
 竜巻のような剣風で周囲の瓦礫が吹き飛ぶのを見て、ダンテが感嘆するように口笛を吹いた。
「パパはやる気満々って感じだな。OK! それじゃ、いつかの続きと行くか?」
 怒れる狂戦士を前にしていつもの笑みを崩す事無く、ダンテは背中の剣に手をかける。剣を抜くと同時に高速で振り回し、刃が紫電を周囲に撒き散らした。
「……なんだ、あの剣?」
 視線の先、踊る雷の刃を見つめて士郎は思わず声を漏らしていた。
 ほとんど無意識だった。見ただけで、あれが普通とは違う<魔剣>であると分かった途端、無意識にその剣を解析していた。
 衛宮士郎は魔術の才能がほとんどない。そんな彼が唯一得意としているのが<解析>だった。大抵の物ならば一目見ただけでその構造を読み取り、設計図を作り出す事が出来る。
 その明らかに無駄で、しかし唯一自信を持てる魔術を用いてあの剣を見た瞬間士郎の頭に浮かび上がったのは<剣>ではなく、<悪魔>だった。
 あれは<剣>ではない。歪な角と翼を持ち、鎧のような体を持ち、雷を纏った人間ではない何かの変異した姿だ。
 あれは正しく<魔剣>。魔が剣へと変じた魔剣なのだ。
 構造を解析しようなど、とうに止めた。それは命の構造を知るに等しい行為だ。
 というよりも、アレは人間が持って良い物なのか。
 あの刃に込められた魔力はもう呪いと言っても良いのではないのか。
 あの剣は、普通の人間が持てばその心臓に喰らい付く悪魔そのものではないのか。
「何なんだよ、アレは……っ」
 知らず、汗が滲んでいた。バーサーカーと対峙した時に感じた死の恐怖とはまた違った、人間である以上決して避けられない恐怖が、体の奥から滲み出てくる。
 視線の先で嬉しそうに狂気の権化と対峙する男の姿は、炎を纏った悪魔に見えた。
「ショータイムといこうぜ、ビッグダディ! 遊びじゃねえ、マジな奴をなっ!」
 獣のように吼え、ダンテはバーサーカーに向かって一直線に駆け出した。無造作に右腕からぶら下げた剣の刃が地面を叩き、火花を散らす。
 その後ろ姿を見送って、キャスターは呆れたようにため息をついた。
「マスターが前に出て戦うなんて聞いた事ないわね」
「私が言うのも何だけど、アンタそんなにのんびりしてて良いわけ?」
 マスターの特攻を横目に捉えながら、特に警戒した様子もなく近寄ってくるキャスターを、凛が半眼で睨んだ。状況を半ば呆然と見守る事しか出来なかったセイバーも、士郎達に近づくキャスターを警戒して駆け寄ってくる。
 アーチャーとセイバーの警戒と殺気の篭った視線を浴びても、涼しげな表情を保ったままキャスターは苦笑した。
「そうね、普通なら止めるでしょうけど……」
 視界の片隅で、バーサーカーが斧剣を振り上げるのが見える。それは突進するダンテを両断せんと、一気に振り下ろされ―――。
「ウチのマスターはかなり普通じゃないのよね」
 紫電を纏う魔剣の一撃によって、弾き飛ばされた。
「な……っ!?」
 セイバーが思わず驚愕の声を漏らし、アーチャーがわずかに顔を顰める。士郎に至ってはもう言葉すら出ない。生身の人間が、あの削岩機のような一撃を真正面から叩き伏せたのだ。
 ただ一人、以前に一度ダンテと対峙した事のある凛だけは冷静だった。
 今ならはっきりと分かる。
 比喩でも何でもなく、<アレ>は<人間>じゃない。
「ワオ、さすがだぜパパ! 相変わらず半端な力じゃねえ!!」
 飛び散る火花に、ダンテが興奮した声で叫ぶ。
『■■■■■ーーーッ!!』
「ィヤッハァーッ!!」
 猛スピードで迫り来るトラックを目前にしているような恐怖の中で、ダンテは不敵な笑みを浮かべたまま渾身の力で剣を振るう。大砲にして嵐のようなバーサーカーの斬撃を、雷の刃はかろうじて受け流していた。
 最強の英霊と拮抗する生身の男。その場に居る誰もが『在り得る筈がない』と思っていた光景がそこに広がっていた。
「凛、あの男は何者だ?」
「知らないわ」
 アーチャーの問いに、凛は素っ気無く返す。彼の事で分かっているのは、『ダンテ』という名前と『普通ではない』という存在だけだ。
「でも、あれでは持たないわね」
 呆気に取られる一同の横で、キャスターが酷く冷静に呟いた。
 バーサーカーと剣戟を繰り広げるダンテ。今のところ、状況は五分と五分に見える。
 しかし、ダンテが全身の力を最大に引き出して繰り出す攻撃に対して、バーサーカーは左腕一本で剣を振り回しているのだ。逆に言えば、だからこそ状況は拮抗しているとも言える。元々生身と英霊とでは根本的なスペックからして違うのだから。
 キャスターの魔力弾の嵐を受けたバーサーカーは右腕が使えない状態だが、その傷も目に見えて再生を始めていた。完全に回復すれば、右半身の死角を狙う形で戦っているダンテが付け入る隙はなくなるし、両腕のパワーを乗せた斧剣の威力がどれほど増すのかは想像に難くない。
 ダンテが一人で戦い続けるならば、その結末は分かりきった事だった。
「予想以上のバケモノね、バーサーカーは。再生のスピードが異常だわ。さっきの魔力弾には多少呪いも込めたハズなのに……」
「そのバケモノとまともに打ち合ってるあの男の方がおかしいわよ」
 キャスターの呟きに、凛がげんなりした表情で答える。しかし、すぐに表情を引き締めると、魔術師としての顔でキャスターを見据えた。
「それで、貴女は私達にどうして欲しいの?」
「あら、賢明なお嬢さんで助かるわ」
 そう言って嬉しそうに笑うキャスターの顔は何処か幼さがあり、同性である凛から見ても絶世の美女であるキャスターの微笑みに思わず顔が熱くなった。隣で二人のやり取りを伺っていた士郎も真っ赤になり、その様子を見てセイバーが不機嫌そうに睨みつける。
 凛は軽く咳払いをすると、気持ちを入れ替えてもう一度キャスターを見据えた。
「それは、あのバーサーカーを倒すまで共闘する、という提案と受け取って良いのね?」
「ええ、そうよ。私はマスターほど無差別に血の気が多いわけじゃないわ。戦うなら効率的に行きたいしね」
 そう言ってもう一度笑うキャスターの表情に今度は愛らしさなどなく、代わりに背筋の寒くなるような魔術師としての冷徹な感情が浮かんでいた。
「……でも貴女のマスターはどう言」
「キャスター、援護しろ!!」
 凛の言葉を遮って、今だ続く激しい剣戟の音の中からダンテの叫び声が響いた。
 悲鳴に近いそれに反応して視線を移せば、いつの間にか状況は一変していた。
 既に傷のほとんど再生し終えた右腕を存分に使って、バーサーカーが剣を振り回している。右腕に持ち替えた斧剣が唸り、かわしたところへ左の豪腕が迫る。
 単純に手数が倍に増え、威力も倍になっているのだ。本来の力を取り戻した狂戦士の斬撃は豪風となって周囲に存在するもの全てを撹拌する。ダンテがその中で、かろうじて逃げ回っていた。
 己の主の窮地を見据えると、キャスターは疲れたようなため息を吐いた。
 サーヴァントとしてマスターを助けに行くべきだろう。身を挺してあの攻撃から守るべきだろう。
 だが言いたい。言ってやりたい。『自業自得だ、バカ』と。
 キャスターは凛の方を向いたまま、無造作に右腕を戦闘の場へ向けると、凛が聞いた事もない呪文を一言だけ呟いた。
 ただそれだけで、信じられないような魔力を収束させた魔術が瞬時に右手に完成する。バスケットボールくらいの大きさに集められた魔力の塊は、そのまま弾けるようにバーサーカーに向けて発射された。
 バーサーカーに飛来したその魔力弾は、炸裂と同時に再び夜を消し去り、あたり一面を白に染めた。爆発の余波がもはや荒され放題の墓地を更に吹き飛ばす。
 たった一小節の詠唱でこの威力。それもキャスターにとっては小技に等しい魔術だろう。しかも近くで見たから理解できたが、あの魔術の発動は瞬間的なシングルアクションより速いか、同レベルのスピードを誇っている。連射できる大砲という意味では、セイバーのような反則気味の対魔力でもない限り、バーサーカーの猛攻と変わらない。
 半ば感動して半ば呆れる凛だったが、立ち上る爆炎にダンテの存在を思い出した。
「っていうか、あれどう見ても巻き込まれてるじゃないっ!?」
「おい、コラ! キャスターッ!!」
 爆発地点とは離れた場所でダンテの元気の良い悲鳴が上がる。瓦礫に埋もれ、煙を上げながらもダンテは立ち上がっていた。
 キャスターがそれを見て少し大きめの声で答えた。
「今、交渉中だから少し待って頂戴」
「くたばっちまえっ!!」
 返って来る心の底からの罵声。同じく煙の中から現れたバーサーカーと再び決死の攻防を開始する。直撃を受けたバーサーカーは無傷だった。
「無効化されたわね。さっきの魔術はランクで言えばBランクに匹敵するだけの魔力を込めたわ。どうやらBランク以下の神秘による攻撃は無効化できるようね」
「……」
 飄々と呟くキャスターに凛は絶句する。
 マスターとサーヴァントは主従の関係だ。サーヴァントが現界する為に魔力の供給者が必要である以上、マスターという存在は必要不可欠であり、逆にマスターはサーヴァントがいなくなっても直接的に深刻な問題はない。故に実質的な優位はマスターの方にある。
 だからこそ『奴隷(サーヴァント)』と『主(マスター)』などという呼称がつくのだ。
 しかし、目の前の二人はその従来の関係とは明らかに違っていた。キャスターはサーヴァントにあるまじき扱いをマスターにしているし、ダンテに至っては自ら先頭に立って戦っている。まるで立場が逆だ。ついでに言えば、どうもダンテの方がキャスターより下に扱われているような気がしてならない。
(まあ、主を敬わないサーヴァントってのはこっちにも居るけど……)
 皮肉屋の己が赤いサーヴァントを横目で捉えながら、凛は心の中で呟いた。
「……なんか変なコンビね。マスターのピンチなのに、なんでそんなに余裕なの?」
「そうでもないわ。彼がミンチにされてしまう前に、貴女達の返事を聞きたいわね」
 途絶える事のない剣戟の音を聞きながら、至極落ち着いた様子で返事を迫るキャスター。しかし、凛にはその顔に浮かぶ、わずかな焦燥の色を見る事が出来た。ポーカーフェイスを装ってはいるが、彼女は間違いなくダンテの身を案じている。
 その仮面の奥に隠されたキャスターの感情を見た瞬間、凛の決意は固まった。
「アーチャー、あの男を援護して。今だけ、キャスターと共闘するわ」
 はっきりと口にした命令に、アーチャーはやれやれと言った表情で肩を竦めながらも、無言で身を翻した。弓を持ち、ダンテを援護すべく高所の狙撃ポイントに移動する。
「感謝するわ」
 キャスターが礼を言った。魔術師のサーヴァントは姦計をめぐらすものだと思っていた凛にとって、その素直な謝礼は意外なものであり、不思議と心地よいものだった。
 アーチャーが矢を放ち、追い詰められていたダンテが持ち直し始める。状況は再び拮抗に向かおうとしていた。
 それまで状況を見守っているだけだった士郎に、キャスターと凛の視線が集中する。
「それで、衛宮君はどうするの?」
「え……っ?」
 急に話を振られ、情けない声が洩れた。目の前で状況だけがどんどん流れて思考が付いていかない。
「だから、アナタはキャスターに協力するのかってコト」
「協力ったって……俺に何か協力できる事があるのか?」
 これまでサーヴァントの戦闘を何度か眼にしてきたが、それを経て分かった事は彼らの前では人間の力など虫けらと同じということだ。ろくに魔術も使えない半人前の魔術師が手を出せる相手ではないという現実は嫌と言うほど理解できていた。
 しかし、そんな士郎の返答に凛は半ば呆れたようなため息を漏らす。
「アナタがどうにかするんじゃない。アナタの横で指示を待ってるアナタのサーヴァントに何をさせるか、よ」
 その言葉に、士郎はハッとなった。
 傍らに佇むセイバーに視線をやれば、白銀の鎧を纏った少女は既に受けた傷を癒し、再び戦闘に加われる状態で待っていた。そう、待っていたのだ。己が主である士郎の言葉を。
 士郎は完全に我に返った。そして呆然自失としていた自らを恥じる。判断を下せぬマスターがいるのに、サーヴァントが全力を出せるものか。
 士郎は大きく深呼吸すると、まずキャスターの眼を見つめた。何かを強要するような視線ではない、ただ状況を見据えるような静かな視線が返って来る。
 そして、士郎はもう一度深呼吸をすると、思考を沈めて今最良を思われる判断を下した。
「セイバー」
「はい、シロウ」
 セイバーの眼を見つめる。そこにあるのは、揺ぎ無い意思と主への信頼。
「あの人を援護してくれ。出来るか?」
 尋ねる士郎。愚問とばかりに返って来る、自信に溢れた笑み。
「任せてください」
 力強い返事と共に、不可視の剣が地面を叩いて乾いた音を鳴らした。
「キャスター」
「何かしら?」
 セイバーがキャスターを見据えた。見据えてくる鋭い視線を受け流しながら、キャスターが答える。
「共に戦いましょう。しかし、貴女に背を預けるわけではない」
「ええ、今だけ利害の一致と受け取ってくれていいわ」
 セイバー真剣な口調に対し、揶揄するわけでもなく平坦な声でキャスターが答える。その返事に頷くと、白銀の騎士は力強く地を蹴り、激戦の最中へと突入していった。
「交渉成立。さて、始めましょうか」
 キャスターが宣戦するように、不敵な笑みを浮かべながら呟いた。それは、彼女の主であるダンテと良く似ていた。






 飛来する銀色の矢が、その衝撃でバーサーカーの斬撃の軌道をわずかに逸らす。弓矢で一体どうやってそんなライフル弾のような威力が出せるのか、ダンテには不思議でならなかったが、とりあえずその攻撃が十分な援護である事には感謝していた。最も、敵を倒すには全く至らないのが泣けてくるが。
 何度目かの刃の打ち合い。魔力の篭ったアラストルの一撃を、バーサーカーが単純な腕力で相殺する。
 凄まじい衝撃が刃を伝って、ダンテの体に響き渡った。もう柄を握る手の感触がない。打ち付ける度に腕の筋肉が一本ずつ千切れていくような感触がする。
 巨人がその大剣を高々と振り上げるのを確認して、ダンテはたまらず後ろに跳んだ。振り下ろされた斧剣が地面を抉り、爆発のような衝撃に砕け散った墓石の破片が周囲に飛び散る。散弾銃のようなソレは、ダンテにも襲い掛かる。それを当然のように剣で振り払うが、その一瞬の動きはバーサーカー相手には致命的とも言える隙だった。
 動きの止まったダンテに返す刀が襲い掛かる。それはダンテが己の失敗を自覚する暇も与えずに、彼の体を両断するだろう。
 しかし、刹那。
 一条の閃光が激突し、その一撃を逸らした。
 疾風のように現れたのは、銀色の鎧に身を包んだ美しい少女。その小柄な外見からは想像も出来ないような覇気と魔力をたぎらせた、剣の英霊が目の前に佇んでいた。
「キャスターのマスター、加勢します」
 端的に用件を述べ、再度飛来する巨大な斬撃を弾き飛ばす。体格差が二倍以上ある相手に対して、その攻防は互角と言って良いほど拮抗している。
 ダンテは思わず口笛を吹いた。
「見かけによらずパワフルなお嬢さんだな」
 軽口を叩きながら銃を引き抜き、バーサーカーの顔面に向けて撃ちまくる。正確に眼球や口を狙うその射撃を小雨に当たる程も気にせず、バーサーカーが二人に向けて突進した。
「お嬢さんではありません、セイバーです」
 生真面目に返事を返しながら、セイバーは地を蹴って駆け出した。迫り来る巨大な怪物に真正面から立ち向かうその勇猛な姿は、伝承に描かれる騎士そのものだ。
「ハァアアアーーーッ!!」
『■■■■■ーーーッ!!』
 重なる咆哮。渾身の力を込めた一撃がぶつかり合い、剣戟の火花と共に魔力をほとばしらせる。月光の下、その光景は恐ろしくも幻想的だった。
 大気を震わせる両者の激突の凄まじさを肌で感じながら、一人取り残されたダンテは今だ掲げたままだった銃を神妙に見つめた。あらゆる悪魔を葬り去った心強い45口径の相棒が今は少々頼りなく見える。
 そんな彼の頭上を、幾つもの閃光が通り過ぎて行った。キャスターの放った魔力弾だ。
 凶悪な支援砲火がバーサーカーに飛来して、その身を爆炎で包み込む。至近距離で斬り合うセイバーがダンテの時のように巻き込まれる形になっていたが、彼女の対魔力が魔力弾の余波を完全に無効化し、その動きには些かの支障も見られない。
 単体の魔術で戦車のような破壊力を出すキャスターと、それを無効化しながら怪物と互角に打ち合うセイバー。そんな非常識な二人を見つめて、ダンテは呆れるように苦笑するしかない。
 出来る事ならこのパワフルなレディ達に任せて自分はのんびりピザでも齧りたいところだが、女性に戦わせて自分は高見の見物など彼のスタイルではなかった。
「……やれやれ、俺の周りには危険な美女が多すぎるぜ!」
 肩を竦め、いつもの軽口を叩くとダンテは剣を携えて巨人へと襲い掛かって行った。
 単体では最強の戦闘力を誇るバーサーカーに対して、唯一そのパワーに対抗できるセイバーが正面から斬りかかり、ダンテがその隙を突く形でトリッキーに襲い掛かる。アーチャーがバーサーカーの行動を抑制しつつ、キャスターが敵の防御力を突破する大魔術を叩き込む。
 凛と士郎は、その戦いを見つめる。
 墓場に眠る死者すら逃げ出す闘争。戦場に立っているのはたったの5人。しかしそれは確かに<戦争>に他ならなかった。
「いけるかもしれない……」
 目の前で繰り広げられる常軌を逸した戦いを、それでも冷静に観察していた凛は呟いた。
 サーヴァントが三人も組んである意味当然の結果なのだが、戦況はバーサーカーが追い詰められていった。
 セイバーとアーチャーだけならばこうは行かなかっただろう。攻撃力は高くとも<接近戦>というバーサーカーと同じ土俵に立たねばならないセイバーと、決定的な攻撃力を持たないアーチャーだけではジリ貧になっていたはずだ。
 しかし、今はAランクの魔術すら自由に行使するキャスターがいる。
 これは完全な相性の合致だろう。強力な前衛であるセイバーがいれば、キャスターはその魔力を存分に発揮して砲台と化せば良いし、セイバーも敵の足止めに徹すれば良い。そしてさらにその地盤を固めているのがダンテだ。卓越した技術と並外れた度胸でバーサーカーを翻弄し、その桁違いの魔力がキャスターの異常なまでに強力な魔術行使を支えている。
 いかにバーサーカーが反則染みた強さでも、このチームに勝つ事は難しい。
 分析する間に、何度目かの魔力弾の直撃があった。バーサーカーの肉体が弾け飛ぶ。ダメージで完全に補足できるほど動きが鈍れば、キャスターがより長い詠唱を以って最大の一撃を放つだろう。
 もはや、結末は見えたはずだった。
 しかし、凛が視線を向けた先では、バーサーカーのマスターであるイリヤが平然とした表情で変わらず佇んでいた。まるで不安などないかのように。
「へえ、キャスターって思ったより優秀なんだね」
 本当に、ただ純粋に感心した声。その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。今だ勝者は自分に変わりないと言わんばかりに。
「でも、所詮ここまで。何人集まったって、わたしのバーサーカーには敵わない」
 そして少女は笑顔のまま、全員に死刑宣告を下した。
「狂いなさい、バーサーカー」
 それが引き金。
 バーサーカーの空白を埋める最後のピース。
 完全なる<狂化>
 そして、巨人は己を縛る最後の鎖から解き放たれた。
『■■■■■ーーーッッ!!!』
 バーサーカーが吼えた。
 全身を襲う悪寒に、ダンテとセイバーが反射的に大きく距離を取る。噴き出す殺気も重圧も、全てがワンランク上がっていた。
 かつてない威圧感が周囲一帯を押し潰す。
「な……まだ本気じゃなかったのか!?」
「違う……あれはバーサーカーの固有能力……っ」
 叫ぶ士郎の顔は血の気がない。殺気で埋め尽くされた泥沼、もはやこの場にいる事すら苦痛になる。凛が顔を顰めながら呟いた。
「バケモノ……ッ!」
 さすがのキャスターも唇を噛み締めた。
『■■■■■ーーーッ!!』
 もはや一片の理性すら捨て去ったバーサーカーのデタラメな一撃がダンテに叩き込まれた。
 パワーが違う。スピードが違う。プレッシャーが違う。技術など何処にもない単純な横薙ぎは、しかし全ての桁が違いすぎた。
 かろうじて迫る刃の前に剣を差し出す事が出来たが、そんな事はお構い無しに斧剣が振りぬかれ、刃の激突の衝撃にダンテの体が後方へと吹き飛ばされた。声もなく瓦礫の中に突っ込む。
 爆発のような衝突音が響く。生身の人間には耐えられない衝撃のはずだ。しかし、ダンテの身を案じる暇もなくセイバーに返す刀が襲い掛かった。
 死に至る一撃。渾身の力で返さねば飲まれる―――!
 確信に近い直感。判断は一瞬だった。
「ッハアアアアアーーッ!!」
 裂帛の気合いと共に剣を振る。最高の魔力の乗った必殺の一撃が、バーサーカーの剣を弾き返した。
 しかし、それは無限に続く斬撃の一つに過ぎない。間髪入れず、強引に軌道を戻した斧剣が再びセイバーに飛来した。全力の一撃を放った後のセイバーには再び同じ一撃を斬り返す力がない。
 盾代わりにした不可視の剣に巨大な鉄塊がぶち当たり、小柄な体が後方に吹き飛んだ。
「セイバーッ!!」
 士郎の悲痛な声が響く。しかし、今この場でこれほど無力なものはない。
 地面を転がりながら、その勢いでセイバーが立ち上がる。全身に魔力を駆け巡らせて無理矢理体を固定し、剣を構える。しかし、その時既に斧剣を振り上げたバーサーカーが目前にまで迫っていた。
 アーチャーの矢がその脚を叩く。だが、もう足止めにすらならない。それに代わってキャスターが放った魔力弾がバーサーカーの顔面に直撃する。爆炎に包まれ、ようやく狂える獣はその動きを止めた。
「まずいわ、防御力も上がってるわね」
「キャスターの魔術が、足止めにしかならないなんて……」
 舌打ちするキャスターの表情には既に余裕がない。凛の声にも絶望的なものが交じっていた。
「キャスター、アイツに通じる魔術はある?」
「威力だけならまだ幾つかストックがあるわ。だけど、俊敏性まで上がってるみたいだし、あれの足止めはセイバーでも難しいわね」
「うちのアーチャーも、矢の威力を上げたら手数が落ちるみたい」
 キャスターと凛が、今にも襲い掛かりそうなバーサーカーを睨みながら静かに言葉を交わす。
「……くそっ」
 それを横で聞きながら、士郎はいい加減己の無力さ加減に腹が立ちすぎて死にそうになった。
 力がない。
 自分には、圧倒的に力がない。
 二人の会話に加わり、わずかな後押しを加えるだけの力すらない。あの怪物の前には、この身など盾にすらならない、ただの肉塊でしかないのだ。
 ぎしりっ、と士郎の食いしばった歯が軋んだ。
「眉間に皺が寄ってるわよ、坊や」
「え……?」
 不意に鈴の鳴るような声で呼ばれ、意識が引き戻される。士郎が声の方を向けば、キャスターが優しげな微笑を浮かべていた。
 その笑顔があまりに優しく、女神と見紛うばかりに美しかった為士郎は顔を真っ赤にした。年上の女性が持つ包容力のようなものを感じて、知らず鼓動が高まる。
(っていうか、坊やって……)
 それまでの陰鬱な感情が吹き飛んで、頭が茹で上がる。あたふたする士郎の様子に、キャスターが苦笑し、何故か凛が不機嫌そうに睨みつけた。
 キャスターは視線をバーサーカーに戻すと、士郎を諭すように語り掛ける。
「アナタ、責任感の強い子なのね。でも今は落ち着いて、自棄になっては駄目よ」
「だけど、こんな時になっても俺は、何の役にも立たないで……っ」
「焦って先走っても無駄死にするだけよ。アナタが死んだら、契約したセイバーも道連れになるという事を忘れないで頂戴」
 不思議な声だった。自分への怒りで熱くなった頭が、キャスターと言葉を交わすだけで少しつづ冷えていく。これまで人には極力頼らず、どんな問題も自分一人の内で解決してきた士郎にとって、誰かに苦悩を諭され、導いてもらうというのは初めての経験だった。そして、それが不思議と心地良い。
「落ち着いたかしら?」
「……ああ、ありがとう。キャスター」
「ちょっと、いい雰囲気のところ悪いんですけど」
 なんとも穏やかな空気の中で微笑み合う二人の間に、凛がいい加減にしろとばかりに割り込んだ。
「と、遠坂?」
「アンタ、後で敵になる予定のサーヴァントと仲良くしてるんじゃない! それと時と場所を考えなさいよ! 今は戦闘中よ!」
 ヒステリックに叫ぶ凛は、それでも視線をバーサーカーに向けたままだった。いつバーサーカーがあの桁違いのパワーで襲い掛かってくるか分からない状況なのだ。
 何故か今はその場に留まっているようだが。
 バーサーカーとイリヤが不気味な沈黙を保つ中、アーチャーが警戒し、セイバーは自らの体勢を整えている。
「それで、何か手はあるの?」
「うちの旦那が何とかするわよ」
 深刻そうな凛の言葉とは違い、一変してキャスターは意味ありげな笑みを浮かべていた。
「彼女達も、それに気づいているみたいね」
 今だ沈黙を保ち続ける、バーサーカーとイリヤ。それは正しく、嵐の前の静けさだ。
 二人の視線は揃って瓦礫の山に向けられていた。




「……どうしたの、アナタの力はそんなものじゃないでしょ?」
 イリヤが瓦礫の下に向けて挑戦的な言葉をぶつける。
 それに応えるようにして、瓦礫をゆっくりと持ち上げ、埋まっていたダンテが姿を現した。舞い上がる土煙に咳き込み、軽い脳震盪を起した頭を振って意識をハッキリさせる。
「……ひでえ、特注のコートが台無しだ。コイツの予備は少ないのに!」
 まさに悲劇だと言わんばかりに、ダンテはヒステリックに叫んだ。
 体の調子を確かめるように手足を動かし、コートに付いた土埃を鬱陶しそうに払う。50メートル近い距離をスーパーカーも真っ青な速度でぶっ飛んだ後にも関わらず、彼が気にしているのは裾がボロボロになった服と、それに付いた埃だけだった。
 首を回してコキッと骨を鳴らすと、狂気を滲ませるバーサーカーとその背後のイリヤを迫力のある眼つきで睨み付けた。
「弁償代は高くつくぜ、この野郎」
 バリバリと激しい音を立てて背中の魔剣が雷を放つ。傍で見ていた凛の眼には、その刃の内に蓄えられた溢れ出さんばかりの魔力が確認できた。
 ゾクリッと、背筋に悪寒が走り抜ける。それは初めてダンテと出会った時に感じた、心の奥から滲み出てくる恐怖であり、同時にあの時とは桁違いに増した人間という種族には逃れられない圧倒的な威圧感だった。
 周りを見れば、士郎や、敵のイリヤさえダンテの放つ闇の気配に顔を歪ませている。アレは生きている人間にとって避けられない恐怖だ。
 緊迫する空気の中、その中心にいるダンテはいつもの不敵な笑みを浮かべていた。
 剣の魔力がほとばしる。
 生と死が交差する死闘の中で暴れ狂う魔力を吸い、その身にたっぷりと蓄えこんだ雷の魔剣<アラストル>が狂ったように吼えまくる。
 ただ一本の鋼の刃と化した魔人が望むものなど、一つしかない。
 闘争だ。血で血を洗い、命を薪にして燃え続ける炎のような闘争だ。
 あふれ出した雷の魔力がダンテの体を覆っていく。今、ダンテとアラストルの意思は一つになった。
 頭の中に浮かべた引き金。アラストルの真の力を発揮する為のその引き金を、もはや引く事に躊躇いなどない。
 真紅のコートを炎のように揺らめかせ、凄惨な笑みを浮かべながらダンテは引き金に指を掛ける。
「派手にいくぜ!」
 ダンテの頭の中で、金属的な音を立てて引き金が引き絞られた。
 紫電が炸裂する。解放された魔力がダンテの体を満たし、一瞬で溢れ返って周囲に放出された。ダンテを中心に爆風が巻き起こり、彼を埋めていた瓦礫が吹き飛ばされる。
 <悪魔>が降り立った。
 二度目の遭遇に、イリヤが挑戦的な笑みを浮かべる。凛と士郎が、初めて出会う本物の闇の存在に全身を強張らせ、セイバーとアーチャーが驚愕と警戒の表情を見せる。
 そしてキャスターは、ラインを通して体に流れ込む焼け付くような闇の力に恍惚とした笑みを浮かべた。
 ああ、そうだ。この身を支える、この禍々しい魔力。彼こそ<魔女>に相応しい主だ。
 人間ではない。
 普通ではない。
 そんな曖昧な表現ではなく、正しく彼は<悪魔>だったのだ。









「さぁて、第二ラウンドといこうぜ化物。
 ここから先はちょいとショッキングな映像が続くから、心臓の弱い奴は眼を瞑って神様にお祈りしてな!」
 雷の魔人と化したダンテは、紫電を撒き散らす剣を携えて疾風のようにバーサーカーに向けて駆け出した―――。









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