ACT8「運命の邂逅」



 そこは神の家。
 迷える人間を導き、正しい道へと誘う。
 神に仕える者が、その身を磨き神の言葉を聞く。
 老若男女問わず、ここで多くの祝福を受ける。
 そういう聖域であるはずだった。
 しかし、ダンテが教会に足を踏み入れた瞬間に感じたのは違和感。 まるで魔物の胃袋の中にでも入り込んでしまったかのような、吐き気のする圧迫感だった。
 清められているはずの空気が、何処か淀んでいる。神聖な雰囲気を一皮剥けば、その奥におぞましい空間が広がっているような。
 そんな不安定な場所だった。
 整然と並ぶ長椅子の間に儲けられた赤い絨毯の道を、ダンテはキャスターを伴って進んでいった。キャスターもこの場の異様な空気に気づいたのか、表情を引き締めている。
「マスター……」
「分かってるさ」
 ここが神聖な場所だという事はわかった。しかし、ダンテにはここの空気があまりに浄化『されすぎている』と感じられた。
 まるで腐臭を隠す為に消毒液で満たされているかのような、不快感を覚える空気が漂っている。
「本当にここは教会か? 死体安置所ってなら、まだ納得できるぜ」
「死体安置所とは、また随分失礼な訪問者だな」
 不意に響く第三の声に、二人はその方向に身構えた。
 何時の間にか、向かう突き当たりにある祭壇には大柄な男が佇んでいた。いや、おそらく彼は最初からそこに居たのだろう。周囲に集中していた二人の視界には、希薄な彼の存在が映らなかったのだ。
「最近の神父は気配も消せるのか、コトミネ神父?」
 ダンテが確信した声で軽口を叩く。
 こちらを射抜き、人を品定めをするかのような視線。肩にかかる空気が重くなるような威圧感を、この神父は持っていた。この男は、間違いなく<戦う術>を身につけている。
「何、私は教会の代行者の任も受けている。戦闘には多少長けていてな」
「へえ、バゼットの腕を切り落とせるくらいには、か?」
「ああ、それくらいにはな」
 皮肉と、一部カマをかけるようなダンテの台詞に、言峰は平然と頷いた。ダンテがわずかに顔を顰める。
 一切の躊躇いのない肯定だった。
 ああ。ダンテは納得する。この男は限りなく信仰者だ。
 この男は嘘をつかない。こちらが問えば、それに偽りなく答えるだろう。それこそ懺悔を聞く神父のように。『汝、偽るなかれ』だ。
 だが、同時にこの男は問われなければ真実は語らない。本当ではないが嘘でもない。そんなラインを行ったり来たりしながら相手を翻弄する。この男の言葉は、それが虚言であれ、事実であれ、相手を傷つける巧妙な暴力なのだ。
 この男は限りなく神の信者なのだろう。
 故に行き過ぎた<狂信者>なのだ。
「これだから宗教家ってのは気に食わねえんだ。極端から極端に走りやがる」
 軽く肩を竦め、ダンテは無造作に言峰の元へ歩み寄った。キャスターがわずかに躊躇いながら付いてくる。
 言峰綺礼の不気味な気配は、彼の間合いに近づく事を本能的に拒否させたが、最初から喧嘩腰のダンテには『退く』という意思などない。
 そのダンテの不遜な態度を見つめ、言峰はわずかに愉快そうな笑みを浮かべた。
「今宵は不遜な来客が多いな、お前たちの少し前にも二人ほどここを訪れた者が居た。いや、四人か?」
 紡ぐ言葉は謳うように、しかしそれは相手が理解する事を目的としていない不鮮明な内容だった。明らかに自らの言葉で迷う相手の様子を楽しむ為の言葉だ。この男は他人の不幸が好きらしい。
 ダンテは言峰の言葉を無視した。
「さて、それでは訪問者よ。今宵は如何なる用でこの神の家を訪れた?
 迷える子羊が神の導きを授かりに来たのか、それとも―――羊の皮を被った悪魔が神を殺しにでもやって来たのか……」
 言葉の裏に真実を隠す。それは暗に、ダンテが悪魔の血を持つ事を知っていると、語った言葉だった。
「出来れば後者を選びたいんだがな。聖杯戦争の参加登録に来た、俺はダンテだ」
 ダンテが左手の手袋を外して掲げると、その手の甲には悪魔の顔を連想させるような、禍々しい令呪が浮かび上がっていた。
「ふむ、後ろのサーヴァントはキャスターか?」
「知るか」
 愛想の欠片も見せずに言葉を切って、手袋を嵌め直す。
 表と裏のある言峰の言葉に対して、ダンテの言葉は単純なナイフだ。分かりやすい敵意を込めて、祭壇の言峰に不敵な笑みを浮かべて返す。
 それはまるで、神の使いに牙を剥く悪魔そのものだった。
 二人の殺気さえ篭ったやり取りを、キャスターは傍観に徹して眺めている。実際は、周囲に意識を広げて敵の接近に備えているのだが、今のところサーヴァントの気配は感知出来ない。
「よかろう、ミスター・ダンテ。君をマスターとして認める。―――この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された。存分に戦い合え」
 一方的な開始の宣言。傍聴人はダンテとキャスターのたった二人だけ。
 戦いは既に始まっており、ダンテ自身が既に複数のサーヴァントと戦い、そして既に死と言う脱落の印を押された者も出ている。
 故に、この宣言には何の意味もない。
 言峰綺礼もそんなことは当にわかっている筈であり、ただ単にこの男は教会の神父として始まりの鐘を鳴らしたにすぎなかった。
「……それだけか? 本当に監督者と言っても大した意味がないな」
「ついでに祝福でも受けていくかね?」
 馬鹿にしたようなダンテの皮肉にも眉一つ動かさず、逆に聖者の微笑を浮かべる。
「……いいや」
 ダンテは心底嫌悪したような表情を浮かべると、背中の剣に手をかけた。
「それより、早速聖杯戦争を始めるとしようぜ。まずはお前から血祭りだ」
 言葉と共にダンテから勢い良く立ち昇る、それは魔力と殺気で形を成した業火。
 背後のキャスターが諦めたようなため息を吐いた。結局、こうなる。
「呼べよ、バゼットから奪ったランサーを。あのあっさり出し抜かれた間抜けを殺した後で、お前をすり潰す」
「ふむ、かつて共に戦った者を躊躇いなく『殺す』と宣言するか。見事だ。どこぞの半人前と違い、マスターに相応しい気概だな」
「うるせえ、てめえの口からクソみたいに垂れるご神託にはもううんざりだ。早くしな、この掃き溜めを掃除してやるぜ」
 心なしか、ダンテの瞳が血の様に赤く染まったように見えた。
 周囲を覆う瘴気が増す。浄化された聖域である教会の中において、圧倒的な<闇>を感じる。
 ―――言峰は笑っていた。その内心に何ら余裕があるわけではない。むしろ人として欠落した彼の心にも、わずかながらも恐怖が滲んでいた。人間では決して避けられない絶対的な恐怖が。
 彼は歓喜する。この体を満たすモノならば、それが幸福でも恐怖でも構わない。
 ―――キャスターは静かに、己が主となった魔剣士の背を見つめていた。今、確信する。やはり彼は<悪魔>だった。どれだけ彼が人間臭く、その性分が好感の持てる男であったとしても。彼は根底では悪魔の血を持つ、闇の存在としての顔を持っていたのだ。
 だが、それでも構わない。所詮、この身は堕ちた魔女。彼が自分を裏切らないのなら、たとえ地獄までも付いて行こう。
 キャスターが戦闘態勢を取った。悪魔の魔力に支えられたその身がかざす手の先には、恐ろしいほどの魔術が形成されつつある。
「ふむ、ランサーは所用で出掛けさせたのだが……このままでは私は殺されてしまうな」
 目の前に迫る<死>を、歓喜すら持って受け入れる言峰。このままわずかな恐怖を味わいながら死ぬのも、彼にとっては一興だった。
 しかし、今はより崇高な目的がある。死ぬわけには行かない。
 ―――故に、その男は現れた。
「騒がしいぞ、悪魔」
 威圧的でありながら、厳かな声が響く。
 祭壇の奥から現れたのは、何の変哲もない男だった。
 整った顔立ちに、金色の髪。真紅の瞳は多少人とは違うかもしれないが、それ以外に普通の人間と変わった所はない。その肉体は確かに存在し、サーヴァントとして在る訳でもない。
 しかし、その顔に浮かべた笑みが恐ろしいほどの自信に満ち溢れたものだからか。
 ダンテの勘が全力で警鐘を鳴らしているからか。
 この場に居る全員が、これから起こるはずの一方的な戦いが逆転した事を本能的に感じ取った。
「マスター……」
 ダンテに掛けるキャスターの声は緊張に満ち溢れていた。
 ダンテは無言で頷くと、剣から手を離す。
「……切り札を隠し持っていたと言うわけか」
「さて、何のことかな。この者は以前からこの教会に住んでいる客人だが?」
 隣に佇む男を一瞥して、何事もないかのように笑う言峰に対してダンテは舌打ちした。色んな意味で、一筋縄ではいかないらしい。
「……OK。今は退くとしよう。考えてみれば、アンタを叩きのめすのは俺の仕事じゃない」
 悠然と佇む言峰に、今出来る最高の笑みを浮かべると、ダンテは決意を秘めたバゼットの瞳を思い浮かべながら激情を抑えて踵を返した。キャスターが何処かほっとした様子でその後に続く。
「待ちたまえ」
 しかし、扉に手を掛けたところで呼び止められた。ダンテが肩越しに振り返る。
「……<スパーダ>と言う名を知っているかね?」
 その名にダンテがわずかに眉を跳ね上げる。言峰にとって、その反応だけで十分だった。
 魔剣士スパーダの伝承は表立って知られてはいないが、調べようと思えば出来ない事もない。もちろん、それは半分おとぎ話のように魔術師の間で伝えられているような内容だが。
 言峰がその名を口にした事で、自分の事が一体どれだけ知られているのかダンテは一瞬疑念を持ったが、すぐに気を取り直した。動揺しても相手を喜ばせるだけだ。
 それに、黒幕とはそんなモノだ。
「ああ、スパーダは俺の父だ」
「……そうか」
 その答えに嬉しそうに笑う言峰を視界に入れないように背を向けると、ダンテは今度こそ教会を出て行った。
 残された言峰は、一人愉悦に浸る。
「―――喜べ、魔剣士の息子。君の宿命は再び果たされる」
 その言葉は閉ざされた扉に当たり、砕けて消えた。




「不気味な男ね。この戦争で一番注意するべきは、あの神父かもしれない……って何やってるの」
 背後で扉が閉まる音を聞きながら一人深刻な顔をしていたキャスターは、扉に向かって唾を吐きながら中指を立てるダンテを見て脱力した。
 奇妙な違和感に覆われた教会の外。神聖な場所から出て、皮肉なものだが空気がおいしく感じる。
「クソッ、ムカつくぜ! 畜生、なんだアイツは? 新手の悪魔か!? あれが神父ってなら神様も随分マニアックな趣味だぜ!」
「アナタがここに来たいと言ったのよ。私に当たらないで頂戴」
「ああ、分かってるよ。OK、俺は冷静さ…………糞して寝ちまえっ!」
 最後に一際デカイ罵声をぶつけると、ダンテは扉を蹴りつけて踵を返した。その子供じみた癇癪に、キャスターが肩を竦めながら後に続く。
「今度から自粛して頂戴。品性を疑われるわ」
「うるせえ」
 相当癇に障ったのか、返ってくるのは拗ねたような不機嫌な声。
 確かに言峰は、第三者の位置を取っていたキャスターから見ても<嫌な男>という印象がぴったりだった。彼が神父だという事実も、理解出来ない反面ある意味納得してしまう。ダンテの言う通り、極端から極端に走るような男だと感じた。
「……話を続けるわ。あの神父に関しては警戒が必要だけど、後から出てきた金髪の男。あれは……」
 言いかけて、言葉を区切る。
 あの突如現れた謎の男を思い出した瞬間、キャスターの中に湧き上がったのは不可解さと、同時に恐怖だった。
 あの男はサーヴァントではない。それは気配から断言できる事だった。何より肉体を持った存在だった。それにも関わらず、キャスターはあの時あの男の存在に圧倒された。
 アレには、私は勝てない―――。
 あの男の自信に満ち溢れた笑みが、絶対的な力の差に裏付けられたものだと半ば本能的に悟ってしまったのだ。
「アレは……何?」
 呟く声は、知らず擦れていた。
「わからん」
 素っ気無い返事だったが、その声は先ほどまでの不機嫌さを引きずった物ではなかった。真っ直ぐに夜道を見据えたダンテの横顔は緊張で引き締まっている。
 それきり黙りこくったダンテの後を、キャスターもまた無言で付いて行った。
 冷たい夜風が吹き抜ける。静寂に支配された夜は、表向きは平穏そのものだった。
 しかし。
「―――マスター」
「マスターって呼び方はやめろ。……なんだ?」
 夜の闇に消えていく坂道の先を見据えながら、キャスターはわずかに眼を細めた。
「サーヴァントが戦闘をしているわ」






 墓場で死霊が舞う。
 爆撃が墓石を薙ぎ払い、不可視の刃が火花を散らす。時折閃く銀光が夜の空気を裂いていく。
 月下。鉛色の狂戦士に対し、白銀の剣士と真紅の弓兵が激しい激突を繰り返していた。
 くすんだ髪を振り乱しながら巨人は手に持つ斧剣を横薙ぎに振るう。その膂力から振るわれた斧剣はそこにあるもの全てを潰し斬らんとする。
 迎え撃つ不可視の剣を握るのは小柄な少女だった。その体格差は優に倍はある。その二人の真正面からの激突。本来ならば勝負になどならない、一瞬で少女は鉄塊の直撃を受けて一吹きの赤い霧と化してしまうだろう。
 しかし、刃の激突と共に火花が炸裂したかと思うと、次の瞬間巨人の剣は無理矢理その軌道を変えられ、空を斬った。
 剣の英霊<セイバー>の持つ強力な魔力が、その斬撃の一つ一つに集約されているのだ。炸裂する魔力は、桁違いの腕力を持つバーサーカーの攻撃を強烈に弾き返している。
 そして、それを離れた位置から弓矢で援護しているのがアーチャーだった。放たれる矢は弾丸の如くバーサーカーを襲う。しかし、その正確無比な射撃も大した効果は上げていなかった。命中はしている。敵の急所、関節、あらゆる部分に。
 ただ単純に効いていないのだ。
 セイバーの斬撃がバーサーカーの体に打ち込まれる。しかし、鋼鉄の体には大して傷を負わせることが出来ない。アーチャーの攻撃を無視して、狂戦士は騎士へと肉薄する。
「く……っ!」
「畜生、セイバーッ!!」
 その一撃は真正面から受けるには、やはり重過ぎた。墓石を何個か砕きながら吹き飛ばされる。
 呻くセイバーに、後方で様子を伺う事しか出来ない士郎が己の無力さ加減に声を荒げた。だが、迂闊に近づく事も出来ない。英霊の生み出すバトルフィールドは、生身の人間が立ち入れるものではない。
「こんの、デタラメ野郎っ!!」
 同じく士郎の隣で戦闘の状況を伺っていた凛が吼えた。手に持った高価な宝石二個。惜しげもなく、巨人に向けて怒り任せに叩きつける。
 圧倒的な魔力の奔流が炸裂する。夜の闇を引き裂くその爆光は、場違いな程に幻想的だったが、凛にはそれがバラバラに飛び散る札束に見えた。この一撃には数百万円の価値がある。
 しかし、凛の魔力と財布を多大に消費したその一撃さえ、バーサーカーには大したダメージを与える事が出来なかった。煙を上げる右腕を躊躇いもなく振り回す。
「あれでも駄目だってのか!?」
「攻撃が届いても、タフすぎんのよ! あのデカブツ!」
 悪態をつく凛の前で、バーサーカーの無慈悲な攻撃がセイバーに追い討ちを仕掛けていた。受け止め切れなかったノコギリのような荒削りの刃が、無残にも少女の鎧を砕き、皮膚を引き裂く。
 セイバーの小さな体が、再び容赦なく吹き飛ばされた。巨人が更に追撃する。
 しかし、それは間一髪飛来した銀の閃光に止められた。
 アーチャーのマシンガンのような矢の連射が、狙い違わずバーサーカーの膝の一点に集中し、その衝撃でバランスを崩させたのだ。
 走り出そうとしてたバーサーカーが、慌てて足を踏ん張り、体勢を持ち直す。ダメージはなかったが、これによりセイバーへの追撃は防がれた。
 そして、激戦に束の間の静寂が訪れる。
「……何度も攻撃を受けてるハズなのに、傷一つなしか。とんでもない化物ね」
 凛が先ほど傷をつけた箇所を睨みつける。そこは既に再生が終了し、跡すら残っていない。
「その程度じゃ、バーサーカーには絶対に敵わないわよ」
 バーサーカーの背に守られるように佇むイリヤが、天使のような笑みを浮かべる。しかしそれは限りなく冷酷な微笑だった。
 セイバーが立ち上がる。傷口から流れる血は白銀の鎧を赤く染め、痛みを精神で凌駕し、剣を支えに立ち上がる。その瞳に映るのは不屈。
 アーチャーが弓を引き絞る。つがえられた矢は先ほどのよりも一回り太く、込められた魔力も増していた。隙在らばそれをマスターであるイリヤに直接撃ち込もうと、冷徹に狙いを絞っている。
 しかし、それでも。
 状況は一方的だった。『狩る者』と『狩られる者』が明確に分けられた戦いだった。
 凛は予感した。
 士郎は直感した。
 このままでは殺される、と。
「安心して、お兄ちゃんは殺さないでいてあげる。わたしのお人形にしてあげるよ!」
 童女のような笑みを浮かべて、彼女は言う。その楽しそうな顔は、場違いな程浮かれていた。
 その笑顔が、士郎の張り詰めた精神を切りそうになる。
 絶対的な死の権化を従えた少女の笑顔が、彼が立っている世界を狂わせていく。
 士郎は歯を食いしばった。『壊れ』れば、この異常な世界から逃げられる。現実から逃避できる。
 だが、逃げるな。
 士郎は抗う。最後の最後まで、諦めないと誓ったのだから。
「リンは殺しちゃうね。それじゃあ、バーサーカー……」
 あどけない笑顔のまま、少女が処刑執行の命令を下すべく口を開く。
 そして次の瞬間、天から流星の如く魔力弾が降り注いだ。
「な……っ!」
 凛が驚愕の声を上げた。飛来する光弾の一つ一つが先程の凛の一撃を遥かに凌ぐ威力を誇っていた。
 それが全て、バーサーカーに向かって降り注いだ。そして続く、圧倒的な爆発の嵐。
 夜の闇は完全に消滅し、魔力の輝きが辺り一面を白く染め上げる。バーサーカーの攻撃は『爆撃』と例えられるが 、これは正しく爆撃そのものだ。
 さすがのバーサーカーもこの魔術は効いたか、セイバーの時には見せなかった、耐える姿勢を取る。人智を超えた桁違いの魔力の奔流が、バーサーカーの鋼の肉体を蒸発させた。
 全員が、その不意の横槍に一瞬気を取られる。
 士郎はすかさず上を見た。
 そこにいたのは、外套をまるで翼のように広げて飛ぶ魔術師。爆発の風に煽られる髪が夜空に流れ、捲し上げられたフードの下の素顔はこの世のものとは思えない程に美しい。
 士郎と凛は、思わず息を呑んだ。それは、二人が何度となく経験した感覚だった。
 赤い弓兵と蒼い槍兵の戦い。不可視の剣を突きつけ、月光を背にした騎士。そして、圧倒的な死を纏った灰色の巨人との遭遇。
 それら全てに共通して抱いた感情。人間では到達し得ない神秘の降臨を目の前にした、同じ<感動>と<畏怖>が今も体を駆け巡っていた。
 夜空に文字通り浮かぶその姿は、悪魔のように禍々しくもあり、女神のように神々しくもあった。
「キャスター……」
 突然の乱入者を、イリヤが睨みつけながら呟く。その傍らでは、魔力弾をほぼ全弾受けたバーサーカーが爆発で吹き飛んだ右半身から煙を上げながら呻いていた。
「……化物揃いね、今回の聖杯戦争は」
 桁違いとは正にこの事だ。一定ランクの神秘の攻撃を無効化していたハズのバーサーカーの肉体を『削り取った』 ミサイルのような魔力弾の嵐だ。
 凛は正直、キャスターというクラスのサーヴァントを軽視していた。しかし、たった今目の前で起こった事は、その最弱のハズのキャスターが、セイバーさえ手の出せなかった最強のバーサーカーにダメージを負わせたという驚愕の事実だ。
 キャスターの体から放たれる圧倒的な魔力に気圧されながら、凛は苦々しげに呟いていた。
 ローブが生き物の様に蠢き、キャスターの体がゆっくりと地上に舞い降りる。
「……いい夜ね」
 響く声。それすらも、鈴を鳴らしたかのように幻想的で。そこには三つ巴に持ち込まれた戦いへの緊張も恐怖も感じられない。
 最強と最優のサーヴァントを前にして、脆弱な魔術師のサーヴァントは不敵に笑う。
 蠢くローブは何時の間にか、ただ風に流れるままになり。物憂げな微笑を浮かべて夜空を見上げる冷たい美しさに、その場の全員が静寂を保つ。
「……こんな夜は、血が見たくもなるかしら?」
 呟いて、キャスターが冷笑を浮かべたまま全員の顔を見回した。
 それと同時に、湧き上がる殺気。
 セイバーが。
 アーチャーが。
 バーサーカーが。
 そして、キャスターが。
 聖杯戦争というバトルロワイヤルの元に、再び死闘を開始するべく殺意を燃やす。









「……それで、どっちが俺達の敵だ?」
 その張り詰めた空気の中へ、真紅の悪魔が無造作に足を踏み入れた―――。









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