ACT7「開戦」



 意識が浮上する。視界を埋め尽くしたのは、眼球を貫く痛みさえ伴う蛍光灯の光だった。
「……っぁ、ここ……は」
「あら、気がついたようね」
 永い眠りから覚めたような混濁の中、バゼットが渇いた喉が擦れるような声を漏らすと視界を見慣れない女が覗き込んできた。
 バゼットの無意識下の防衛本能がその女の正体を感じ取る。桁違いの魔力を纏うその存在はサーヴァント。今、自分の置かれている状況も経緯も吹っ飛んで、バゼットは一瞬で意識を覚醒させた。
「な……っ!? 貴様は、キャスター!!?」
 無理矢理搾り出した声のせいで喉が痛い。全身に力が入らない事に気づいたのは、実際に体を起こそうとした時だった。
 体全体に重りをつけたような疲労が圧し掛かり、目の前のキャスターから距離を取ろうとしたバゼットはわずかに首を動かす事しか出来なかった。
 見慣れた室内は根城にしていたホテルの一室で、これは敵に乗り込まれたのか? と思考が混乱してうまくまとまらない。
 そんなバゼットの様子をキャスターは冷静に見つめていた。
「混乱するのも無理はないけど、落ち着きなさい。今の私は敵ではないわ」
「それは……どういう……っ」
「説明は後回しにして結論から言うと、私は新しく彼と契約したのよ」
 キャスターが体をずらして、後ろを指差す。バゼットがそれを視線で追うと、そこにはソファーでイビキをかくダンテの姿があった。
 食べかけのアンチョビ抜きのピザと、コーラの空ボトルがテーブルの上に乱雑に置かれている。耳にかけたヘッドフォンからお気に入りのハードロックをガンガン流したまま、彼は寝入っていた。
「彼と契約した後に、私が貴女の傷を治療したの」
 何故かバゼットの眠るベッドの傍に置かれたバッグを漁りながら、キャスターが簡潔に経緯を説明する。
 その言葉に、バゼットはようやく混濁した記憶を整理する事が出来た。
「……そう、か。私は……ランサーを……」
 鮮明に思い出されるあの瞬間。背中に受けた熱い痛み。後悔。絶望。憤怒。ごちゃごちゃして、吐き気が湧いてくる。
 感覚のない左腕に視線を移せば、シーツの掛けられたそこはへこみ、肘から下が何も無い事を如実に示してた。それを理解すると激情は冷め、今度は虚しさと、何故か悔しさが湧き上がって来る。バゼットは無言で溢れてきた涙を拭った。
「……っ、情けない」
「とりあえず、説明は彼を起してからね」
 涙を拭うバゼットをあえて見ないように気遣うと、キャスターはバッグからお目当ての物を取り出して立ち上がる。
 それはバゼットが護身用に持ってきた小型のスタンガンだった。
 それを持ってダンテに近づくキャスターに気づき、バゼットは訝しげな顔をした。
「……おい、それは」
「大丈夫、使い方は覚えたわ」
 そういう問題じゃ。言いかける間に、キャスターはごく自然な動作でスタンガンのスイッチを入れると、放電する先端をダンテの首に押し付けた。
「っ!!?」
 ビクンッとダンテの体が痙攣する。キャスターの奇行に息を呑むバゼット。
 大の男でも軽く悶絶できる20万ボルトの小型ハイパワースタンガンを押し付けられたダンテは、一瞬眼を見開いて全身を硬直させたものの、すぐさま寝返りをうって夢の世界に再び戻っていった。
「……呆れるわね」
 キャスターが心底呆れたようなため息を漏らす。バゼットも同じような表情だった。『スタンガンなど意に介さない並外れたタフネス』と言えば良心的な解釈だが、実際は『人智を超えた寝汚さ』か『恐竜並みの鈍感さ』だろう。
 スタンガン以上のモーニングコールはない物かと、キャスターが思案していると、部屋に備え付けられていたコーヒーメイカーがアラームを鳴らした。ヒーターで加熱され、ドリップされたコーヒーが芳醇な香りを上げている。
 キャスターは無言でその真っ白な湯気を上げるコーヒーが満たされたグラスの部分を取り外すと、のんきに眠るダンテの口をこじ開けて喉に直接流し込んだ。
「■■■■■ーーーッ!!?」
 次の瞬間、ダンテの絹を引き裂いたような悲鳴が響き渡ったのだった。




 ダンテの喉を焼き尽くした地獄のマグマがコポコポと平穏な音を立ててコーヒーカップに注がれていく。
 時計を見れば、今は夜。モーニングコーヒーと言うには遅すぎるがあながち間違いでもない。芳醇な香りを嗅ぐと、数日寝込んで重いバゼットの思考も徐々にクリアになっていった。
「お砂糖は?」
「いや、ブラックでいい」
 キャスターが平穏な笑顔で尋ね、バゼットがそれに若干の違和感を感じながら答える。
 初めて会った時は命を奪い合う敵同士だったのだ。簡単に馴れ合う事は出来ないだろう。それに、フードの下に隠された素顔をあらわにしたキャスターの美しさに気を取られているのも確かだった。
 キャスターは自分の分のコーヒーを入れ終えると、尋ねるようにダンテの方に視線を移した。苦虫を噛み潰したような表情が返ってくる。
「それで、目は覚めた?」
「……あのな、キャスター。俺を蒸し殺すつもりか? 起し方ってモンがあるだろ」
 不機嫌さを隠さずに答える。しかし、キャスターはその声色に何ら反応を示さず、「そうね」と納得しただけだった。主想いのその言葉に泣けてくる。
 せめてもの抵抗に大きく舌打ちすると、ダンテはキャスターから視線を外して二人の険悪な雰囲気で居心地悪そうにコーヒーを啜るバゼットの方に向き直る。
「……それで、バゼット。調子はどうだ?」
「ああ、疲労は感じるが痛みはない。記憶が混乱してるが、なんとなくここまでの経緯は分かる。正直、今でも夢を見ているような感じがあるんだが……」
 そこで区切り、バゼットは自分の左腕を持ち上げた。
 バゼットは今、怪我をして血まみれになっていたシャツではなく、キャスターが着替えさせたバスローブを着ている。その左袖の部分はダラリと力なく垂れ下がっていた。
「……これを見れば、嫌でも現実を理解するよ……」
 自嘲気味な笑みを浮かべて、バゼットが呟きを漏らす。左腕を失ったのだ。それだけでもショックは隠せない。
 ダンテが気まずげに頭を掻くのを見て、バゼットは作った笑顔を見せた。
「すまない。仕事柄、死ぬ覚悟くらいは出来てたつもりだが……まったく情けないな」
「馬鹿野郎、俺に気を使ってどうする。少しは自分を労わった方がいいぜ」
 その怒ったような返事に、ダンテなりの気遣いを感じる。バゼットは今度こそ、少しだけ穏やかな気持ちで微笑む事が出来た。
「そうだな……。まあ、失くしてしまったモノは仕方がない。仕事が少々やりづらくなるが」
「さすがに私でも左腕の再生は無理ね。義手でも造ってみましょうか」
 それまで傍観に徹していたキャスターが事も無げに呟いた。ローブ姿でコーヒーカップを口に運ぶ仕草が妙に様になっている。
 ダンテがキャスターと契約をした夜、彼女は早速その卓越した魔術を用いてバゼットの治療に当たった。
 ローブの中から明らかに許容量を越えた大量の魔術道具を持ち出し、魔力を練り、不気味な薬を精製し、傍で見ているダンテには怪しげな人体実験にしか思えないような処置を施した。
 そして結果、バゼットの傷は見事に癒えたのだ。
 傷跡は残ったものの、背骨にまで達するところだった背中の傷を癒し、左腕の傷を一晩で塞いだ。ただ、それまでに消費した体力と魔力のせいでバゼットの体は異常に衰弱していた為、意識は戻らなかった。
 体が完全に回復するまで、キャスターが弱いヒーリングを行い、体力の回復を自然に任せる必要があった。つまりは療養が必要だったのだ。
 その間、キャスターはその場を離れるわけにもいかず、この場への敵の襲撃を想定すればダンテもまた動くわけにはいかない。
 何度か偵察に出たが、基本的にホテルに缶詰にされて数日。現在に至るというわけである。
 未だに違和感を持ってキャスターを見つめるバゼットに、ダンテはその経緯を説明した。
「……なるほどな。不利な要因があったとは言え、サーヴァントを圧倒するとは君も大概常軌を逸している」
 バゼットが感心とも呆れとも取れる表情で呟く。
「しかも、契約したキャスターの正体がコルキスの王女メディアか」
「……<裏切りの魔女>が相手では信用ならないかしら?」
 バゼットの言葉にキャスターが揶揄するように微笑んだが、それは酷く冷徹なものだった。静かな殺意が伺える。
「いや、後衛に回った場合にキャスターのクラスは真価を発揮するからな。ダンテがマスターになったのは組み合わせの妙かもしれん。それに、コルキス王家と言えばティターン神族の血筋。魔術師としては最高の能力を持っているだろう」
 しかし、バゼットはそれを意にも介さずキャスターの疑念とはまったく見当違いの言葉を口する。キャスターが最弱のクラスと言われている事も、彼女が裏切りの魔女と呼ばれている事も気に留めていない。
 その、ただ冷静に分析するバゼットの様子に、キャスターは自分一人が深刻そうに空回りしているだけのような気がして少し虚しくなった。
 張り詰めた雰囲気から一転して脱力するキャスターを見て、ダンテが苦笑する。キャスターがそれを見咎めた。
「マスター。真名から宝具まで話してもう今更だけど、本当に彼女とは敵対しないのね?」
「ああ、俺の雇い主だからな。バゼットが望むなら、マスターを譲ってもいいくらいさ」
「ちょっと、それは聞き捨てならないわ」
「だが、お前にとってはそっちの方がいいかもしれないぜ? 俺はあくまでバゼットのサポートのつもりだったし、聖杯なんて望んでもいない。正式なマスターと組んだ方がお前にとっても色々と都合がいいだろ?」
 それはそうだ。キャスターは納得しながらも、何故か反論したい気持ちになって唇を噛み締めた。
 ダンテと契約したのは、本当に文字通りの<契約>があったからだ。ダンテはキャスターの力が必要で、それの対価としてキャスターに聖杯を与える事を約束した。何の変哲もない、利害の一致による取引があったからだ。
 故に、バゼットとの契約もまたキャスターにとって不都合なものではないだろう。ダンテが味方である事は変わらないし、何ら不利になるわけではない。ただ主従が変わるだけだ。
 だがそれでも、キャスターは何故か悔しかった。反論したい気持ちで一杯だった。
「……それでも、私が<契約>を交わしたのはアナタよ」
 悔しげに、搾り出すように呟くキャスターに対して、ダンテは何故か気まずい気持ちを味わった。
 バゼットがそんな二人のやり取りを見て、声を上げて笑う。
「ダンテ、今のはお前が悪い。女性はデリケートだ、物のようにポンポン扱うのは良くない」
 バゼットはえらく男前な口調でそう言った。違和感がないところがまた恐ろしい。
「それに、私はもう聖杯戦争には参加しない。やる事が出来たからな」
「……例のコトミネって男か?」
 ダンテの言葉に、バゼットは何かを決意した真摯な表情で頷いた。
 ダンテは今だにバゼットから教会で起こった出来事を聞いてはいない。しかし、すでになんとなく事態の把握はしていた。ランサーと戦った事、わざと逃がされた事を話した時のバゼットの反応を見て、それが確信できた。
 ただ一つだけハッキリしている事。それは言峰綺礼がもはや聖杯戦争の監督者ではなく、彼らにとってただの敵となった事だ。
「もう大体分かっていると思うが、私からランサーを奪い、マスターになったのは言峰だ。奴は戦争の傍観者である事をやめ、参加する方に回った。私は奴の目的を調べる」
「聖杯、じゃないのか?」
「奴はそんな物欲など持ち合わせてはいない。何を求めているのかは知らんが、奴の事だ。とにかく極端なモノだろう」
 答えるバゼットの声には、もう言峰に対する親愛の情など含まれていなかった。ただそれに代わる、焼け付くような怒りが感じ取れる。
「……私は奴を許さない。私に対する裏切りはいい、あれは私の認識が間違っていたからだ。だが、奴は私のランサーの誇りを汚した。彼を侮辱した。それだけが、絶対に許せない」
 それは酷く澄んだ怒りだった。殺意も憎悪もない。ただ『許せない』 ただ言峰に対して強く怒っている。真っ直ぐな刃のような怒りだった。
 ああ。彼女は美しい、とキャスターは思う。彼女はとても気高い女性なのだと。憎悪に塗れた生前の自分を省みれば、嫉妬が湧いても不思議ではないが、何故か自然とそう受け入れる事が出来た。そして、そんなバゼットの姿に好感すら抱いている。
「ダンテ、君の依頼は私のサポートだ。だから、新しく君に仕事を頼む。聖杯戦争に参加してくれ」
 その言葉に、もとよりダンテが首を振る理由などない。
「いいぜ。キャスターとの契約にも合うしな」
 頷いて、キャスターの意思を尋ねるようにちらりと視線を移す。もちろん、返って来たのは無言の肯定だった。
「私はしばらく裏で暗躍させてもらう。言峰の目的は、この聖杯戦争自体を揺るがすものかもしれん。まずはそれを調べよう」
「でも、それにはまず体調を万全にする必要があるわね」
 今にもベッドから飛び出しそうなバゼットにキャスターが釘を刺した。
「傷は完治したけど、体力と魔力の回復は六割ってところね。せめてあと一日は養生する事ね。左腕の義手も造るのに半日掛かるわ。片腕で生き残れるほど、この戦争を楽観はしていないでしょ?」
 治療に関わったキャスターがそう判断を下せば、患者のバゼットとしては反論も出来ない。先走って死んでしまっては元も子もない事ぐらい、多くの修羅場を潜ってきたバゼットには十分理解できた。
「……わかった、今夜は回復に努めよう」
「ここの陣地には軽く手を加えておいたわ。焦らず集中すれば、魔力の回復率もかなり高いはずよ」
 不承不承ながら頷くバゼットを落ち着かせるように、キャスターが穏やかに微笑んだ。
 バゼットの泊まるホテルの一室は無作為に選んだものではない。冬木市の霊脈上に存在する一種のパワースポットなのだ。バゼットはそこを選び、己の陣地とした。キャスターが更にそこへ手を加えた為、柳洞寺程ではないが魔力が効率よく集まるようになっているのだ。陣地作成はキャスターの十八番である。
「それで、私たちはどうするの? マスター」
 バゼットが目覚めたい今、もはやここに留まり続ける理由はない。この場にはキャスター特製の防御用結界も仕掛けられているし、何より全快するまで面倒を見てもらうなどバゼット自身が受け入れない。
 時間の限られた聖杯戦争の中で、やるべき事は山ほどある。今こそ行動を起すべきだった。
 キャスターの問いに、ダンテはしばらくの間黙考すると、やおら立ち上がった。
「確か、マスターになった奴は監督者に届け出るんだったな?」
 立て掛けた剣を掴み、銃を確認する。呆気に取られる二人を見回して、ダンテはにやりと笑みを浮かべた。
「教会に行く。その掃き溜めにいるコトミネってゴミに会ってみたくなったぜ」
 その笑みは、最高の悪戯をする子供のように意地悪く輝いていた。






 暗い夜道。冬の夜は随分と冷え込む。
「へっくしょい!」
 端整な顔立ちに似合わず、コミカルなくしゃみが飛ぶ。ダンテは軽く身震いをして自前のコートの襟を寄せた。数々の修羅場を潜ろうが、最強の悪魔狩人だろうが、ついでに体に半分悪魔の血が流れていようが寒いものは寒いのだ。
 時間は深夜。人気のない静寂の支配する新都の街道の寒々しさも気温に影響しているように思える。闇に映える炎のような真紅のコートも、心なし色褪せているようだった。
「おい、キャスター。お前も実体化しろ。俺だけ寒いなんて不公平だぜ」
『それに合理性を感じないわ』
 ダンテの傍らで霊体化しているキャスターの冷淡な返答が返って来る。契約してこっち、主を敬おうという気配がまったく感じられないのだが気のせいだろうか? ダンテはサーヴァントと言うものに疑問を持たずにはいられなかった。
「お前、魔術師なんだろうが。体暖める魔術くらい使ってくれよ」
『魔力の温存の為に霊体化しているのに、それじゃ本末転倒でしょう』
「ったく、主想いの言葉に泣けてくるぜ」
『少しでも魔力の消費を減らしてマスターの負担を軽くしようと言う心遣いに、存分に涙して頂戴』
 ダンテが軽口を叩けば、キャスターが冷静に憎まれ口を返す。相性が良いのか悪いのか、そんなやり取りがホテルを出てからずっと絶え間なく続いていた。とりあえず、教会へ向かう道すがら退屈はしなかった。
 キャスターはこれが地なのか、初めて出会った時の疲れたような様子や儚げな雰囲気などもはや欠片も見せず、今ではダンテを言葉巧みにあしらう程になっていた。おまけに妙に生き生きとしているというか、それを楽しんでいる節もある。
 悪女と言うのもあながちハズレではないな、とダンテはしみじみ実感していた。
『……何故、教会に行こうと思ったの?』
 新都の郊外に近づいた所で、唐突にキャスターが尋ねた。
『既にサーヴァントは7人揃い、聖杯戦争は始まっているわ。今更教会に向かっても、何のメリットもない』
「サーヴァントが揃ったって、わかるのか?」
『私はキャスターよ』
 自信に満ちた声が返って来る。眼には見えないが、たぶん胸を張っている事だろう。
『召還時に発生する魔力の奔流くらいなら、遠距離でも感知できるわ。私たちがホテルに篭っていた数日の間に、4人のサーヴァントが召還されている。ランサーと、あなたの話では既にバーサーカー。私も含めて丁度7人よ』
「クラスは分かるのか?」
 ダンテの問いに、キャスターは無言でラインを通して自らの記憶を転送する。それは丁度メールのようなものだ。送られたデータはダンテの頭の中で再生され、映像として記憶される。
 ダンテの脳裏に、和風の屋敷をバックにランサーと戦闘する白銀の鎧を着た女騎士の姿が文字通り浮かび上がった。その手には不可視の剣らしき物を握っている。
『使い魔が捉えた数時間前の映像よ。場所は深山町。召還と同時に戦闘したようね、この後戦闘で乱れたマナの影響で使い魔は消滅したからどうなったかは分からないけど』
「すげえな。町中を監視できるんじゃないのか?」
 キャスターの言葉通り、映像はランサーが槍を放つ途中で途切れていたが、それでも驚くべき事だった。時間的にはバゼットと会話している最中だろう。その片手間でこれだけの情報を得たのだ。直接的な戦闘力は低いかもしれないが、それを補うだけの能力がキャスターにはあるという事だろう。
『正式に陣地を作成すればそれも可能だわ。ただ、適地と時間が必要だけれどね。それに普段、サーバントは霊体化している。派手なアクションを起してくれない限り、見つけ出すのは難しいわね』
 今はこれが精一杯。そう言って苦笑するキャスター。
 だが、彼女でなければサーヴァントは手探りで捜すしかない。それを考えると情報戦はほぼキャスターの独壇場と言ってもいいだろう。戦闘力はあるが魔術の一切使えないダンテとの組み合わせは、確かにバゼットの言う通り絶妙だった。
 そんな会話を交わしながら歩き続ければ、何時の間にか郊外の道は後わずか。視界には教会らしき建物が小さく見え始めた。
『それで、最初の質問に答えてもらえるかしら?』
 キャスターが変わらぬ調子で尋ねてくる。
 彼女の懸念も最もだ。バゼットを不意打ちした神父のいる教会に行く事はリスクしかない。監督者への申告もただの決まりでしかないのだ。必要性など何処にもない。
 だが、ダンテはその問いに何でもないように笑って答えた。
「だってな、ムカつくだろう?」
『え……?』
「話聞くだけでソイツが黒幕って雰囲気だ。監督者の裏でこっそりサーヴァントを手に入れて、戦争に参加する。自分の予定通りに事が運んでるのを見て、きっとほくそ笑んでるんだろうぜ」
 進み続ける道の先、暗闇に佇む教会を挑戦的に睨んでダンテは笑う。
「ムカつくぜ。そういうのが頭に来て仕方ねえ。だから、こっちから出向いてやる。ハッタリを食らわせてソイツが眼を見開くのを見たいだけさ」
 ああ、そうさそれだけさ。最後にはほとんど開き直りのような感じで言い切る。見も蓋もない、ついでに中身もない考えに、キャスターはしばし呆然としていた。
『……頭空っぽね』
 ダンテの子供じみた理由に、心底呆れたような声が返って来る。だがそれを自覚しているダンテは愉快そうに笑い返しただけだった。
「喧嘩売られたら、時には何も考えずに買うのが男ってもんさ」
 冗談めかして呟いて、ダンテは足を止めた。
 いつの間にか辿り着いていた。厳かとも言える雰囲気に包まれた教会の扉が目の前に佇んでいる。ランサーが破壊したはずのそれは、まるで最初から壊れてなどいなかったかのように口を閉ざしていた。
 闇夜に立つ神の家は、相変わらず不穏な空気を纏っている。ここに訪れる物好きな神様などいないだろう。悪魔なら分からないでもない。ダンテは内心、そう考えて苦笑した。
「キャスター、姿を現せ」
 ダンテが強い口調で呟く。それは彼女も教会の内部に同行させるという事だった。同時に、自ら魔力を解放して発散させる。どんなに鈍い三流魔術師でも、その気配を感じ取れるほど濃密で攻撃的な魔力だ。
 そのあからさまな挑発に、キャスターは呆れながらも実体化した。最悪、教会にいるランサーと戦闘する事になるかもしれない。むしろダンテはそうする気満々のように見える。
(とんでもない男と契約したかもしれない……)
 キャスターは今更ながら、そう呟いた。今後の苦労がありありと思い浮かぶ。
 そんな従者の悩める言葉など全く意に介さず、ダンテは教会の扉に手をかけて獰猛な笑みを浮かべた。









「さあて、神を冒涜しに行くとするか」
 皮肉げに呟くと、ダンテは教会の扉をゆっくりと開いていった―――。










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