プロローグ「真夜中の訪問者」




「ダンテ? ああ、裏渡世の便利屋の。


 商売柄、ヤバい奴らならゴマンと見てるが、あの野郎ほどムチャクチャな奴ぁいねぇな。


 まず、笑っちまうほど腕が立つ。


 この前なんざ、ウージーを持った悪党一ダースを相手に、変な剣一本で楽々と切り抜けやがってよ、弾丸が鼻先1インチを通っても眉一つ動かしやがらねえんだ。


 おまけにとんでもねえ変わり者だ。依頼が気に入らねえと思ったら100ドル札を天井まで積まれても受けねえクセに、幽霊狩りだの悪魔払いだのってぇ胡散臭い仕事だとタダみたいな値段でも飛びつきやがる。


 奴の体にゃ青い血でも流れてんじゃねえかって噂だぜ。


 ま、あんなのに睨まれりゃ、悪魔でも泣き出すだろうね」









 満月の夜、電話が鳴り響いた。
「デビル・メイ・クライだ―――いや、悪いが今夜は閉店だ」
 わずか数言交えただけで、問答無用に受話器を叩きつける。
「……合い言葉なし、か。ロクな依頼が来ないな」
 ボヤキは薄暗い店内に消えていく。ブーツを乗せた机の上に残っていたドクターペッパーを口に含むとフ抜けた炭酸が喉を通って、ダンテは舌打ちした。景気が悪い。今夜の空気と同じだ。
 見事な銀髪を手で撫で付ける。赤を基調とした革製のコートには無意味と思える程大量の、純銀製のアクセサリーがぶら下がっている。一見して趣味の悪い装飾品に思えるが、銀は古来より闇の住人達に通じる魔除けの意味を持っていた。
 コートの下。腰から下げた左右のホルダーには白と黒の大型拳銃が出番を待って息を潜めている。
 『余所行き』の服装はばっちりだ。今から銃撃戦を始めても構わないほど準備は整っていたが、彼の元にやって来るのはここしばらくノーマルな仕事ばかりだった。逃げた飼い猫の捜索から身元不明の死体処理まで。一体ここを何屋と勘違いしてる。
 便利屋<Devil May Cry>と言えば、この『肥溜め』でもちょっとは名の知れたヤバイ店だ。
 便宜上、<便利屋>などと看板を上げてはいるが、その実は鉛玉と危険を好んで扱うイカレた何でも屋、このダンテにわたりをつける唯一の場所なのだ。
 モヤモヤとした不満だけが溜まる中、ダンテは不意に激しいエキゾースト・ノートを捉えていた。車ではない、もっと小さいバイクの音だ。
 ふぅむ、と軽く思案して、彼は腕を組み直し入り口に眼をやるだけに留めた。
 ライトの光が大きくなったかと思うと、次の瞬間ガラス張りの扉が容赦なくぶち破られた。
 ひゅぅ、とダンテが空中を滑走するバイクとその上で流れる金色の短髪を見て口笛を吹いた。体格からして女だ。
 一瞬だけスローモーションになっていた世界が思い出したように加速する。店に飛び込んだバイクが急ブレーキで停止すると、ガラスの破片が雪のように光って床を飾っていった。
 予想以上の展開だ。しけた夜の景気付けには丁度言い。
「ワォ、慌てた客だな」
 バイクから降りたのはサングラスをかけた女。男性的なスーツを着込んだ上から分かる、いいプロポーション。美人だ。しかも飛び抜けた。
 自然と笑みが浮かぶ。
「深夜の美女か……トイレなら裏だぜ、急ぎな」
「どんな仕事でも請け負う便利屋と言うのは、君か?」
 ダンテの軽口を無視して、サングラス越しの鋭い視線が向けられる。久しく感じなかった威圧感に骨の髄から震える快感をダンテは押し留めた。
 とびっきりの美女で、おまけに危険な香りを漂わせてると来た。完璧だ。
「ああ。やばい仕事は大歓迎だ、分かるだろ?」
 立ち上がり、壁に飾られていた大剣を無造作に掴む。装飾品かと思われたそれは、武器としての圧倒的な重量感と鈍い鉛色の輝きを持っていた。
 その巨大な『鉄板』を軽々と振り回す。女はそれを見て酷薄な笑みを浮かべた。
「伝説の魔剣士スパーダを父に持つ、<デビルハンター>ミスター・ダンテで間違いないかな?」
「悪魔(デビル)とは穏やかじゃないな。俺の素性を知ってるアンタがただの人間のはずがない。その綺麗なブロンドの下には角でも隠れてるのか?」
 挑発とも取れる女の言葉を、彼は挑戦的な笑みで受けた。
 振り切れば女の細い首など簡単に刈り取ってしまえる鋼鉄の剣先を突きつける。
「いや、私は―――」
 氷の微笑を浮かべたまま、女は白い指先を刃に這わせた。
 裾から覗く手首から甲にかけて、奇妙な模様が浮かび上がり、光を放ち始めた。
「魔術師だ」
 魔術刻印―――。
「!?」
 眩いばかりの電光が弾ける。あり得ぬ事に、女の腕から紫電がほとばしった。
 強烈な電流が剣を伝い、ダンテの神経を駆け巡って一瞬で脳味噌にまで到達する。
「ぐあぁああああああっ!!?」
 突如体を襲った電撃にダンテは弾けるように、剣を放して後ろへ跳んだ。それを狙いすまして女が鮮やかな拳と脚の連撃を叩き込む。トドメの回し蹴りが鮮やかな軌跡を描いて胸に決まり、大柄な男の体を壁まで吹き飛ばした。
 間髪いれずに女は掴んだ剣を矢の様に投げつける。ダーツのようにそれはダンテの胸に突き刺さった。鋼鉄の塊を弾丸のように飛ばす。女の細腕の何処にそんな筋力があったというのか。
「はあ―――っ!」
 突き出した右腕から雷電がほとばしる。
「っがああああぁああああああああぁぁあああっ!!!」
 胸に剣が深々と刺さる、間違いなく致命傷だ。更にまるで意思を持つかのように、放たれた雷が剣を伝って全身に絡みつく。自然現象の電撃ではない事は確かだった。
 魔術。
「どうした? 自慢の剣はお父さんから学ばなかったのか!?」
 嘲るように女が言葉を投げかける。
 手の平から放たれる雷を止めると、傍らに止まるバイクをおもむろに持ち上げた。数百キロの車体が冗談の様に持ち上がる。人智では有り得ない、魔術で一時的に強化された筋力だ。
 スーパーウーマンのように、美女はそれを『ブン投げた』。
 しかし―――。
「剣だって?」
 目前に迫る鋼鉄の塊に、ダンテはそれまでの表情を一変していつもの笑みを浮かべた。悪魔にさえ喧嘩を売る挑戦的な笑みを。
 流れるような動作で腰の銃を抜き放つ。
「はっはぁ、こいつを喰らいな!」
 白と黒がくるりと回ったかと思うと、次の瞬間定められた銃口が狂ったように吼えまくった。
 雷鳴のような咆哮が響き渡り、二匹の鉄の獣が弾丸をありったけ吐き出すとバイクは一瞬でズタズタに引き裂かれた。常軌を逸した速射だ。大口径の拳銃がガトリングガンのように火を吹く。
 スクラップになったバイクはそのまま空中で爆発した。
 目の前で起こった一瞬の銃撃に呆然としていた女は慌てて爆風から身を守った。特殊な加工でもされているのか、炎に包まれながらそのスーツは焦げ目一つ付かない。
 熱風が過ぎるのを待つより早く、立ち上がったダンテが胸から剣を生やしたまま歩み寄るのが見えた。
 そこからは、またも一瞬。
 ダンテの持つ白と黒の大型拳銃<エボニー&アイボニー>が女の額に押し付けられると同時に、女もまた懐から取り出した二丁のルガーをダンテの胸に押し付けていた。
 炎に囲まれ、空気が張り詰める。
「……本物らしいな」
 胸に剣が刺さったまま顔色一つ変えないダンテを見つめ、女は呟いた。
 ダンテはそれに鼻を鳴らすと、片手で銃を突き付けたまま、無造作に剣を抜いて床に突き刺した。
「ガキの頃から俺の体の中には悪魔がいた……。
 魔術師と言ったな。協会か? それとも埋葬機関の狩人か? どっちにしても俺は嫌いだ。用件によっちゃタダで帰さないぜ?」
 ダンテの視線が鋭くなる。殺気と共に人間では持ち得ない紅蓮の炎のごとき魔力が体から立ち上るのを、女は確かに感じ取った。
「……私の名は<バゼット・フラガ・マクレミッツ>。封印指定された魔術師を捕縛する事を生業としている、協会所属の魔術師だ」
 バゼットの説明に、ダンテの笑みが更に獰猛なものになった。
「バリバリの武闘派か。実力もAクラスだ、俺が保証してやるぜ。…………で、今日は俺を封印でもしに来たのか?」
「いや、仕事の依頼だ」
 言葉を交わしながらも、二人は銃を向け合ったままだった。
 ふぅむ、と声を漏らし、思案しながらダンテは自分の胸に押し付けられたバゼットの銃に視線を移す。
 細長い円柱の銃身に装飾を施されたスライド。ゴールドカラーにペイントされたルガーP08だ。
 カスタムメイドのダンテの銃と違い、過去の栄光と歴史を持つ骨董品のような銃だった。
「……いいセンスしてるぜ」
「半分は魔術的意味合いからだ。歴史を積んだ武器ほど『人外の存在』には有効だ」
「確かにな」
「残り半分は……趣味だ」
「……」
 ダンテはその言葉に一瞬呆気にとられた後、思い出したように吹き出した。銃を構えるのも忘れ、腹を抱えて笑う。
 殺伐とした空気はそれで霧散した。
「いいぜ、気に入った! アンタとなら話が合いそうだ」
「こちらこそ。試すような真似をしてすまない」
 バゼットは銃をしまうと利き腕を差し出した。ダンテが苦笑しながらそれを握り返す。
「ファーストネームで呼んでも?」
「かまわない」
「OK。じゃあ、バゼット。依頼を聞かせてくれ、報酬の話は最後で良い」
 どっかと椅子に座り直してダンテは不敵に尋ねた。
 全てが意図したわけではないが、ダンテに気に入られた事はバゼットにとって予定通りだった。依頼の有無は彼の興味に左右される。彼が気に入ったのなら、たとえはした金でも喜んで受けてくれるだろう。
 バゼットは下手に飾らず、普段どおりの調子で話を切り出した。
「依頼は単純だが内容が流動的だ。
 私の受けた仕事のサポートをして欲しい。つまり、パートナーになって欲しいんだ」
「なるほど、サポートってのは確かに曖昧だ。それで肝心の仕事の内容ってのは? 悪魔狩りか? 封印指定の魔術師を捕縛するのか?」
 サポートという言葉に一瞬顔をしかめたが、すぐに先を促した。誰にでも務まる役割なら、優秀だが気分屋のダンテに依頼するワケがない。
 何より、目の前の美しくも恐ろしい美女が平穏に仕事をこなせる人種ではないと感じ取っていた。
 最初に感じたとおり、彼女には危険が付きまとっている。そしてダンテは美女が好きで、危険も好きだった。
 最高の悪戯を聞かされる子供のような笑みを浮かべるダンテに、バゼットは静かに告げた。
「異国で起こる戦争に勝つ事……それが私の仕事の内容だ」
「戦争? そりゃ物騒だな」
 言葉とは裏腹に、ダンテの表情はもう待ちきれないといったものに変わっていった。









「そうだ。その名を<聖杯戦争>という―――」









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